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ココ デハナイ ドコカep.5
バスを降りて、一言目が「さぶっ」だった。
梅雨明け後の7月20日、夏休みの地として選んだ場所は上高地で、避暑にはもってこいのリゾートと思って気張って足を運んだものの、到着したホテルは山の中にあった。
松本駅から送迎バスが出ていると聞いて、乗り込むこと1時間半。途中幾度も線路やダムを横目に、川を右に左にと折れてゆくのを眺めていたが、トンネルを過ぎたところで、ぐいぐいと険しい坂道を登り、対向車とのすれ違いにハラハラしていたところ、これ以上細い道は無いというところで、ピタリとバスは停車した。
ドアが開き足を地に下ろすと、吹く風と鳥の心地よい鳴き声が森の奥から響いてきた。宿の入口の温度計は20度。東京は37度との予報が出ていたことを考えると、信じられないほどの涼しさだ。
穂高連峰を眺めながら、ロビーで受付を済まし、部屋に上がった。窓からは日本アルプスの雄峰、奥穂高岳まで見晴らせる。
あれっ、梓川の清流と河童橋は何処へ?と思ったが、聞けばここ「中の湯」から20分程北上したところに、上高地の看板観光地が点在していると言う。
3日間お世話になった山あいの一軒宿『中の湯温泉旅館』は1915年(大正4年)創業の秘湯を守る会会員の歴史ある旅館で、ここに連泊できたことが結果してものすごく今回の旅を充実したものにしてくれたのだった。
上質な天然温泉に、館内を彩るさまざまな花。そして、常連さんが多そうな宿であるのにもかかわらず、フロントで行程相談に快く乗ってくれる等、はじめましての客にとってもフレンドリーで、温かな声がけをいただき、おもわず「ただいまー」と言って玄関の自動ドアをくぐりながら、ホッとした気持ちに包まれたのは、休業に見舞われた後も、再びこの温泉を守り続けていくために努力を重ねてきた館主、スタッフの心配りが建物全体に行き届いているからなのかもしれない。
山歩きを趣味にしていることから、今回も上高地といえど、川沿いでのんびり散策するだけではなく、すこ〜し山歩きを楽しみたいと思い、登山の装備は整えてきた。そんなことから、登山口まで徒歩15分程度だという百名山『焼岳』(2,444m)に天候が良ければ登ってみることにした。
朝まで雨が降っていたそうだが、翌日は快晴。登山指数もA +と出ていたので、新中の湯ルートから焼岳に登り、北峰頂上から上高地の大正池まで降りてくるルートで支度を進めた。フロントでそんな話をしたところ、上高地に抜けるルート上には、鉄はしごや急な崖があると聞き、急遽逆のルートで上高地帝国ホテル前までバスで行き、田代橋を通過し焼岳小屋を経由して山頂へと登るルートに変更した。
日本アルプスの奥穂高岳3,190mに比べれば、日帰り登山のできる焼岳は技術レベル・体力レベルともに難しくなく、初心者でも安心して登れる往復6時間程度の山と書かれていたので、宿を8時に出発するバスに乗り、8時半くらいから登山道に入り、15時には宿に再び戻り温泉で疲れを癒すつもりだった。
結果は9時間!宿には17時半少し前に到着した。絶景を見られたけれど、絶叫もしたし、絶対絶命の危機にも遭遇した。山は甘くみてはいけないな、と久々に思った1日を写真で少し振り返ってみたい。
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ここをまっすぐに行くと西穂高岳に行ってしまうので、左へと進む。
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カラマツや白樺を眺めながら歩く。
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ストックをどう持つか迷ったり。
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日曜日なのに登山者が少ない印象。
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森林限界を越えると見晴らし良く。
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夏の登山はいろいろ花が見られるので、その都度立ち止まって写真を撮っていた。(これが遅れの一因⁈)
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眼下に歩いてきた道が白く見える。
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北峰の頂上5分の岩場がキツイが360度のパノラマに疲れ吹き飛ぶ。
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頂上にはその時は海外からの登山者しかおらず、写真を撮り合って喜ばれた。(スペイン、フィンランド)
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下山は火口縁から大小の岩石の上を踏みながら、足場の悪い道を延々と降りたのだが、森林限界を過ぎて笹薮を抜ける際に、左手の沢に熊がいた。夕方が近づき林の下で薄暗い中、ガサガサと風ではなく動くものの気配を感じたときに、「キタッ」と神経が張り詰め、息を殺した。
熊鈴を鳴らしていなかったため、ここでバッタリしたら大変だと、一目散に岩の上を飛びながら駆け降りた。(つい、山頂は見晴らしが良いため、鈴の音がうるさく閉まってしまいがちだが、外さずずっと鳴らし続けたほうが良い。万が一、鈴がない時にはストックを打ち鳴らす等、人間の存在を示すことが重要だ)
中の湯温泉旅館まで、3キロ程度といえども、足場がずっと岩場なので、思いの外疲れてしまい、何度も休憩を取った。この日の夕食と温泉が心身に沁み渡ったのは言うまでもない。
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思い返せば、辛いことより、美しい高山植物や花々、そして雄大な自然を満喫できた達成感が上回るが、この翌日にのんびりと上高地の梓川を散策できたことで、喜びは何倍にもなった。
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また季節を変えて訪れてみたいと思った上高地の夏休みだった。