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ネタばれあり読書感想文『ミシンと金魚』

『ミシンと金魚』 著者:永井みみ

出版社が定期的に本屋に置いているおすすめ文庫を紹介する冊子が好きなんですが、それに載っていてとても気になった本。

主人公は認知症を患っているカケイさんという高齢女性で、物語はずっとカケイさん目線です。誰の発言にもかぎかっこがなくて、カケイさんの発言と思考ともごっちゃになっているので、読書をあまりしない人には難しいかもしれないなとは思いました。
読みながら勝手にこれは口に出した、これは出していない、とイメージしていましたが、最初の病院でのやり取りをふまえると「・・・と思ったが言わなかった」と書いてあるもの以外は全部口にずっと出ていたのかもしれないな。

ヘルパーさんとの会話で過去を振り返ることによってあるひとりの人物の人生が見えてくるというあらすじを見て、スティーブンキングの『ドロレス・クレイボーン』を思い出しました。あの本も最初おばあちゃんの語り口がまあ汚いし読みづらくて、挫折するかも・・と思ったら途中からもう引き込まれてしまって一気に読んだので、あれに近しいものがあれば絶対面白いなと思いました。
読後に受ける印象は両者で全然違いましたが、これもまた確実に傑作でした。

カケイさんは自分が若いころに忌避した厄介な”おばあちゃん”であることをある種受け入れていて、だからこう言っておこうとかあれはやめておこうとかいろいろと実は考えたうえで(もしくは声に出ているのかも)行動している。できなくなったことをひとつ見つけては悔しくて泣いてしまったりする。「カケイ」といういち人間というより「おばあちゃん」という生き物になったんだと受け入れていたところにヘルパーさんから今までの人生がしあわせだったかと尋ねられて、回想していく。現実でお嫁さんとの会話では認知症症状で息子の死を全然おぼえられなかったりして、でも過去のことはしっかりおぼえていて、語られていく過去がまたすごく重たい。ひとつずつの出来事を事実として淡々と語るだけであまりいちいち感情的なコメントはしないのも、カケイさんの時代と境遇でただできることを淡々とやっていたという感じがして切ない。そして幼いうちに亡くした娘の話になったときに、なんだか一気にカケイさんの感情が見えて、それが娘への深い愛だったりする。兄や広瀬のねーさんも、カケイさんとその娘への深い愛があったこともわかる。

ここまでおばあちゃんであるカケイさんに対して、自分の将来を重ねて私もいまできていることがひとつずつできなくなってしまうんだろうか、おばあちゃんとしてこどもみたいに接されて自分の人生を尊重されなくなるんだろうかなんてすでに不安や切なさを感じていたところに、カケイさんの「しあわせでしたとこたえてやろう」が突き刺さってすごくしみじみとした感情を味わいました。
そこから秋の肌寒いであろう玄関でひとり死に向かっていくカケイさんの描写は見ていてつらいけれど、これもまた現実というか。
「その後カケイさんは死ぬまで幸せに暮らしましたとさ」みたいな終わりを書かないタイプのお話ではないと思っていたので、私もしっかり最後までカケイさんの人生に向き合わせてもらった気持ちになりました。

個人的にはカケイさんもだけど広瀬のねーさんにもぐっと来ましたね。この年まで言わないところまで含めて愛だよね、恩を着せることが目的じゃなくてただ自分がそうしたかったというか。

本来人との関係ってそうあるべきなんだろうけど、私はやっぱりまだガキんちょだから「してあげた」とか思ってしまう。
そして被害者ムーブをしてしまうことも多いけれど、知らないだけで誰かが私のかわりに大変な思いを引き受けてくれていたり、私のしあわせを願ってくれていたりするんだろうな。それを想像することもせず不幸だと思い込むのは良くないな、といまの自分の精神状態もふまえて考えさせられました。

死が近づいたことを手に花が見えるという表現をするのは個人的にははじめて出逢ったけど、美しくも儚くももの寂しさもありで素敵な表現だな。

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