WHYから深まる共感
「最終的には・・・」
青年は一呼吸を置いて言葉をつないだ。
「お母さんに会いたいと思っています。」
少し照れながら、でも言い切ったあとの表情はきりっと引き締まったように見えた。
国道4号線のドライブインで
NHKの「ドキュメント72時間」は、ファミレスや空港、居酒屋など毎回一つの現場に72時間カメラを据えてそこを行き交う人々にインタビューをする番組だ。
この日の放送は福島県にある国道4号線のドライブインが舞台だった。東京から北へ延びる道路沿いにあるこのお店には昼夜を問わず多くの人がやってくる。
その一人が冒頭の青年だ。20歳を少し過ぎたくらいの彼は、注文した大盛りの麻婆定食を食べながら質問に答えた。
群馬県から出てきて今は福島県のペットショップで働いている。小学1年生の時に両親が離婚して以来、母親とは会っていない。当時、独りぼっちの寂しさを癒してくれたのは飼っていた猫だった。
「つらくて大変な状態でも、横に猫がいてくれるだけで自分は笑顔になることができました」
動物に癒されて支えられてきた経験が、その後の彼の人生を形作っているようだった。
「これからの夢は?」と問われた彼は箸を置いた。
「いつか起業したいと思っています。ペットのしつけをしたり、一緒に散歩したり、その過程で人と動物の間に生まれる笑顔をサポートしていくような会社をつくりたいです。」
「起業ですか?」と聞き直された時の青年の答えが、「お母さんに会いたい」という一言だった。
「お母さんは別れる時、『大きくなったらまた会おうね』と言ったんです。事業を起こして大きくなったら気づいてくれるかなと思って。届いたらいいなと思います。」
人は誰かが挑戦する姿に共感する。その人の行動の背景にあるWHYを知ると、その共感がより一層深くなることもある。
WHYから始めよ
コロンビア大学の講師でありコンサルタントでもあるサイモン・シネック氏はその著書「WHYから始めよ!」で、ゴールデン・サークルを説いている。それは人が誰かの言動に鼓舞され行動していく時の法則のことだという。
ゴールデン・サークルはこのようなシンプルな3つの円で描かれる。
円の一番外側にあるのはWHAT。企業や組織が「していること」、自社が扱っている商品やサービスなどを指す。
次がHOW。「価値観に差異をもたせる」、「独自の工程」などよそとは違う方法、よりよい方法などを指す。
そして中心にあるのがWHY。自分が「今していること」をしている理由だ。ただし「お金を稼ぐため」という理由は含まれない。それは結果に過ぎないからだという。WHYとは存在する目的、大儀や理念のことだ。
傑出した企業やリーダーはこの円の内側、つまりWHYから外側へと向かう順番に考え、行動し、コミュニケーションを図っているという。
どういうことだろうか。
著者は2つのメッセージ例を挙げている。
円の外側から内側へ向かうメッセージ。でもWHYについては触れられていない。これを見て買いたいと考え行動する人はどれほどいるだろうか。世界には同様の機能をもつコンピュータはたくさん存在する。でも世の中の多くのメッセージはこれに該当するのだという。
もう一つのメッセージ例はこちらだ。
企業が存在する理由をまず伝える。同じように挑戦する人の気持ちをぐっと引き寄せる。これを見た人は自分の挑戦をその企業に投影して熱くなる。その製品を所有することがその企業の、そして自分の挑戦を後押しするように感じる。
著者はさらに、このゴールデン・サークルの理論は決して自分の持論ではなく、生物学なのだと続ける。
ホモサピエンスの脳のなかで、もっとも新しく出現した部位は、一番外側にある新皮質だそうだ。これはゴールデン・サークルにおけるWHATの部分。合理的で分析的な思考や言語機能をつかさどるという。
一方で脳の中央の部分は、大脳辺縁系に相当するという。これは言語能力は持たないが、信頼や忠誠心といった感情や意思決定の機能をつかさどる。
だからこそ、人を言動で鼓舞して行動を起こしてもらうには、まずWHYを伝えて感情や意思決定をつかさどる脳の中心に働きかける。その後でWHATに該当する合理的な説明を加えることが有効なのだという。
社会的なWHYと個人的なWHY
麻婆定食を食べていた青年は意図せずに2つのWHYを語っていたように思う。それは社会的なWHYと個人的なWHYだ。
「人と動物の間に生まれる笑顔をサポートしたい」という言葉は彼の幼い頃の経験に裏打ちされた真摯なメッセージであるように感じた。何をするのか、WHATはまだ明確ではないかもしれない。でも、世の中に生きる人と動物が相互に支え合ってプラスの影響を生み出すことは、よりよい社会づくりの一つであるように感じられる。それは「社会的なWHY」と呼んでみたい。
動物に支えられて生きている人は多い。そして今はそうではないけれど、いつか何かの時にその支えが必要になる人もいるだろう。それに気づき生活を変えるには何らかの組織のチカラが有効かもしれない。
彼が将来もし会社を興した時、そのメッセージは会社のWHYとして十分な存在理由になりえそうだ。
一方でこの社会的なWHYを作り上げるきっかけになっているのは、「お母さんに会いたい」という極めて「個人的なWHY」だ。「大きくなったらまた会おうね」と母親に言われてからすでに15年以上。それを忘れずにいる姿には心打たれるものがあった。
人が、よりよい社会をつくっていきたいというWHYには、時に個人の内発的な動機が隠れているものなのかもしれない。それはあくまで個人的なWHYなので、ひそかに心のうちに仕舞っておけばよいものだが、それが伝わることで共感はより深まることもある。そしてその2つはつながって、その人、その会社の個性を表現する強固なストーリーになっていくのではないか。
青年のこれからの夢を応援したい気持ちになった。
参考文献・番組