メイドさんに会いたい!!〜爆速で一億円稼がない〜
ある土曜日、従兄弟のアキ兄に外に行こうと誘われた。
オレは勤めていた会社を去年リストラになって以来、ニートでずっと家にいた。
そろそろ職安とか行ってみる?と優しく親が聞いてくる。
うん…と言って誤魔化している。
ニートになって五か月が経っていた。
なんとかしないとなぁ、とは思っていたところだったのだ。
家にいるのは楽だけど、感覚がマヒしてくる。コンビニ以外行ってない。
「アキ兄久しぶり」
「おー、ちょっと痩せた?どう最近」
アキ兄はいつも優しいし、爽やかで羨ましい。収入も安定してるし。
でも、いつも凄く話しやすい。
「今日はオレのバイト先に一緒に行ってくれよ」
とアキ兄は切り出した。
「ええ…いいけど」
アキ兄は時々土日だけ「レンタルお兄さん」をしている。
別にえろいやつじゃなくて、レンタルおっさんみたいなやつだ。
バイトというより有益な暇つぶしらしいから、驚きだ。
車で移動し、着いた先は大きな倉庫だった。
倉庫の前にはトラックと車が二台停まっている。
トラックからは大量の荷物のようなものが出されて倉庫内に運ばれていっていた。
「あっ、アキくん来た」
キレイなショートヘアのお姉さんがアキ兄を呼ぶ。
「おはよ。従兄弟連れてきた」
中から数人スタッフさんらしき人が出てくる。
「助かったよー。ホント人が足りてないから」
ショートヘアのお姉さんは汗を拭きながらそう言った。
中に入ると服、服、服の山だった。
天井近くまで古着らしき服や靴が積み上がっている。
「す、すげー」
「すげーだろ?物量が。これでも半分くらい」
アキ兄はどんどん進んでいって、奥の事務所らしきスペースのロッカーにカバンを置いた。
オレもスマホをしまっておく。
「ここは古着倉庫なんだけど、商品をわけるスタッフが少ないんだ」
と、その時めちゃくちゃキレイな黒髪ポニーテールの女の子がオレの横を通った。
「?」
どこかで会ったことがあるような…
女の子が振り返った。
「山田さん?」
それは、前よく行っていたメイドカフェのメイドさんのゆずはちゃんだった!
「ひ、久しぶり…まさかこんな所で会うなんて」
「ホントだねー、びっくり」
ゆずはちゃんはただでさえ大きな目を見開いて言った。
ゆずはちゃんはかなりの美少女だ。
「マジ?まさか知り合いだなんて」
「うん、ちょっとね」
ゆずはちゃんは、事務机にあるタイムカードを押した。
じゃあね、と言って彼女は仕事に取り掛かった。
アキ兄も仕事に取り掛かる。
「ユウトは座ってて」
何をしたらいいのか分からず、とりあえずそこのパイプ椅子に座った。
アキ兄は軍手をつけてどんどん古着を寄り分けていく。
靴、服、小物がごっちゃに混ざっている。
アキ兄はポンポン古着をわけていく。
ひよこのオスメス選別みたい。
箱はいくつかあって、A、B、C、ジャンクと書いてあった。
ジャンクは明らかに汚いとか破れてる服だよな。
Aはなんだろ?わからん。
スーツ、古臭いデザインのシャツ、女の子のレースのパンツみたいなキャミソール(!)、変わったヒールの靴などなど…。
「どうやって見分けてんの?」
と聞くと
「んー、カンかな」
と言っていた。
ますますわからない。
そのまま12時になり、ランチタイムになった。
ショートヘアのお姉さんが買ってきたサンドイッチをみんなで食べる。
凄く美味い。
コーヒーまでもらってしまい、なんだか申し訳なかった。
「ねえ、ユウトさんも良かったらバイトしない?短期でもいいし。そんなに高時給は出せないけどシフトは臨機応変に対応するよ」
お姉さんがそう言った。
「え……」
「そうだよ、ユウトも働いてみろよ。暇つぶしくらいの気持ちでやってみたら、案外続くかもしれねーし」
お姉さんが暇つぶしって!失礼ねと怒った。
そこでランチタイム終了となる。
アキ兄は、2時くらいまで作業すると「そろそろあがる」と言ってタイムカードを押した。
自由な働き方だ。
帰宅してから、母親と飯を食いつつぼんやり考えた。
どうしようかな…家にいててもひたすらYouTubeや動画を観てしまうだけだ。
映画を観てるときは感動とかあるからいいけど。
成功者やリッチな人を羨んでしまう。
炎上したやつを鼻で笑ってしまう。
アホらしいことの繰り返しだ。
うん。働いてみよう…かな。
とは言え、いざ出勤!っていう日の朝は腹が痛かった。
トイレで悶絶し、なんとか治った腹を撫でながらバスで倉庫に向かう。
「今日からよろしくお願いします」
「うん!よろしくね」
ララさん(ショートヘアのお姉さん)に仕事の流れを教わる。
ひたすら、古着を分けていく仕事だった。
個人的に欲しいものがあったら購入してもいいらしい。いくらなのかは知らないが。
靴は靴スペースに。
バッグはバッグスペース。
そして、服をおおまかに四つに分ける。
Aはシャネルやプラダなどのハイブランド。これは滅多にないらしい。
Bは国内ブランドで百貨店に入ってるもの。
Cはリーズナブルな国内ブランド、メーカーだった。
「わかんないものは保留箱に入れていいからねー」
ララさんがそう言ってくれた。
…10分後。
ホントにホントに困ってしまった。
八話が保留箱行きになる。
ブランドがわからない!ホントーに知らない。
アディダスやナイキはB?それともC?
コムサデモードとこむでぎゃるそんの違いはナニ。
困り果ててると、ゆずはちゃんが通りかかった。箱を台車で運んでいる。
「ゆずはちゃん!!」
「ハア?!その名前で呼ぶなよ」
ゆずはちゃんはキレた。
怖くてオレは椅子から落っこちた。
「あー、ごめん。私はゆずはであって、ゆずはじゃないから。ここでは清川って呼んでもらえるかな??」
「はい……すいません」
オレは謝った。
でもゆずはちゃんは、優しくブランドを教えてくれた。
「これ、ブランドの一覧表ね。最初から言わないお姉ちゃんも悪いよね。あのね、コムサは百貨店ブランドと廉価ブランドがあるの。
それからね…」
一覧表を見て、色々と教わる。
知らない世界の知らない知識。
メモをとりながらしっかり聞く。
オレはブランドやメーカーを知らない。
知ってるのはギャップ、ユニクロ、ジーユー、ザラとかくらい。
昼ごはん。
買ってきたおにぎりとトロロ蕎麦を食べた。
ゆずはちゃんはお弁当箱に入った鳥ささみ肉やサラダを食べていた。二人きりだった。
「き、清川さん。随分少食なんだね」
「んー。炭水化物とるとあっという間に太るからさ。気をつけてるんだ」
「そうなんだ」
女の子の表側をツクルための裏側。
「あ、あのさ。雛菜さんの連絡先知らないよな」
思い切って聞いてみる。
「あははははは」
清川さんが思いっきり笑った。
「ストーカーになる気じゃないよね?ケーサツ電話していい?」
「あっ」
オレは思わず口を押さえた。
しまった…なんてアホなんだろう。
オレは、雛菜さん推しだった。
あの透明感や雰囲気はもちろん、あのルックスが大好きだった。
あの喋り方も。
「すいません」
「わかってくれたらいいよ。雛菜ちゃんの連絡先は知ってるけどさ、もうコンカフェも秋葉原も来ないみたいだから」
「……」
自分の大好きな街である秋葉原に来ないと聞いて軽くショックを受けた。
「雛菜ちゃんには雛菜ちゃんの人生があるから。関わったらダメだよー。遠くで見てるだけにしないと」
辛辣だけど、的確な言葉だった。
「うん、ありがと」
「御礼言われるタイミングだったぁ?今。うける」
オレはうーんとのびをして誤魔化した。泣きそう。
それから、必死に服、ブランド、メーカーを覚えた。
わからないやつはスマホで検索。
外国のやつ。
なんか高そう。
ダンヒル。名前だけ知ってる。
筆記体のロゴ。全然読めねえ!
凄く恥ずかしいけど、周りのスタッフさんに聞きまくる。
「あー、これはオレも知らない。あとでララさんに聞こう」
「これは?めっちゃ汚いけどアルマーニなんですよね」
「アルマーニに何があったの?アルマーニに親殺されたの?」
「これ、タグ取れてるけど2017年のジルサンダーですよね。ユニクロコラボじゃない方」
情報と情報が飛び交う。
アタマがおかしくなる………。
めっちゃお腹がすく!エネルギー補給したい…。
疲れた。
休憩スペースに行こうとしたら、「五時だよー。上がってー」
っていうララさんの声が聞こえて、ホッとして崩れ落ちそうになった。
カッコ悪。
それから、たまに急な体調不良で休んだりしつつも、清川姉妹の古着倉庫のお手伝いをした。
ニート明けの身体には少しだけきつかった。
他のスタッフさんは、鬼気迫る勢いで古着を分けてる人、ちょっと変わってる人、ひたすら古着や服が好きな人…と色々だった。
とある日の昼休憩。
ララさんに色々聞いてみた。
ゆずは様(逆らうと怖い)も結構な美少女だけど、ララさんも美人だ。
しかも苗字が清川。キレイな人は名前もキレイなんだろうか?
「どうして、こんな倉庫やってるんですか?」
「んー。雇われるのに向いてないんだよね。会社とか、店とか向いてなくて」
「そうなんですね」
だから起業したんですね?!凄い!と伝えると
「そんな良いもんじゃないよ。ただ、服とか好きだからたまたま向いてただけ」
「そうなんすね…」
でも、向いてるか向いてないか。
それを知ってるだけでも、結構な強みになる気もする。
帰りのバスの中。
熱中症予防にレモン塩飴を舐める。
やや蒸し暑い。
バスに乗ってる人を眺める。
おばあちゃん、子供連れ、参考書を読んでる高校生。仕事帰りらしき人。
働いてる人はどんなモチベーションで働いてんのかな。
今までそんなには気にしてなかった。
翌週。
アタマがパンクしそうになりながら、服を分ける。
時々めっちゃ汚い服もある。
いつの時代?っていうような変な服もある。
不思議なかたちのスカートを間違えてB箱に入れてしまい、怒られた。
「それはヴィヴィアンウエストウッド!!」
値段を調べたら結構高くて、っていうか凄い高くてびっくりした。
「どうしてこんなに高いんですか?!」
「あのねー、ブランドだからただ高いってわけじゃないんだよ。カッティングがキレイなの」
清川さんは自分の体にあててみた。
チェックのスカートはたしかに裾の形がキレイだった。
帰りのバスの中でググった。
ーーーヴィヴィアンウエストウッド。
元は教師をして生計を立てていた。
マクラムマクラーレンと協力してセックスピストルズの衣装を手がける。
えっ!
え?!ヴィヴィアンってピストルズの服作ってたわけ?
オレは音楽に詳しくない。でもピストルズは聴いたことがあった。
凄いなぁー。
すげーな。
夢中で情報を追いかけてたら、バスを降りそこねてびびった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?