(創作)城の中の城

 私は今、風俗の面接に来ている。
凄くタバコ臭い事務所だ。
彼氏の借金を返すために。街金から借りていて、どうにもならないとのことで、私が街金に行った。
結果、「ワリの良いお仕事を紹介するからそこで働いてみるのはどないや?」
正直、かなり勇気がいった。

変なエメラルドグリーンの変な柄シャツの男性に
「仕事はカンタンや。これくらいの借金すぐ返せるで」
と言われた。
頭の中がグルグルする……変な汗が止まらない。

色々と仕事内容を説明される。
聞いた事あるような、ないようなエロい単語がいっぱい……
目眩がしてきたまさにその時。

その人のスマホが鳴った。
大きい音に思わずビクッとしてしまう。
「ハイ」
その人は事務所の外に行き、ハイ…ハイ…とやけに低姿勢で誰かと通話していた。
一体誰と話してるんだろう?

変な汗をマイメロのハンカチで拭いた。
涙も滲んでくる。

三、四分して、その人は部屋に帰ってきた。
「お嬢ちゃん、ヘルスはナシや。もっとええ働き場所があるさかい」
変な張り付いたような笑顔で、その人はメモを渡してきた。
東京都…区…
やや山手の方だ。
「えっと、私……でもお金返さないといけなくて、」
「せやな」
その男はちょっと考えた後、スマホの履歴から電話をかけた。

「この人と話し」
電話を代わってもらう。
「も、もしもし」
「お電話かわりました。大川さんですね?」
電話のあちら側は、意外なことに涼やかな声の女性だった。
二十代後半くらいだろうか?
凄くキレイな声だ。
「大川さんはお勤め先をお探しということでお聞きしておりますが、間違いないでしょうか?もし宜しければ、アルバイトを紹介させて頂いております」



よくわからない。 
その女性が言うには、風俗はリスクも大きいので違う仕事を紹介している。
短期でも長期でも構わない。
適性があるならば正社員にもなれるそうだ。

風俗でないならば、それに越したことはないだろう…でも、いきなり何故?

でも、この異様に煙草とイソジンの匂いが染み付いた事務所から逃げ出したくなった。
好きな人でも無い人と、あんな事やこんな事は出来ない…

私は、わかりました、と呟くように伝えた。


翌日。
あんまり眠れなかったけど、その女性が指定した待ち合わせ場所に向かった。
とある駅の駅前のスタバ。
キャラメルフラペチーノを注文して待っていると、

「大川さんですか?」

と女性が声を掛けてきた。
シンプルな上質なグレーのスーツを着た素敵な女性だった。
一目見ただけで、高いスーツだってわかる。
バッグだって柔らかいレザーという感じがし
た。

「はい、そうです。よろしくお願いします」

その人はマンゴーのフラペチーノを注文して飲んだ。
すぐに面接というのか、面談が始まる。

いつから働けるか?
借金は185万円で間違いないか?
特技はあるか?

女性はメモを取りながら、私の話を聞いてくれた。
緊張が解れていく。
とても柔らかい雰囲気の人だ。

「では、行きましょう」
女性はニコッと微笑んで、席を立った。
近くに車を停めてあるのだという。

仕事内容は、大きなお屋敷の掃除や洗濯なのだという。
難しくはなくて、先輩が沢山いるから大丈夫ですよと教えてくれた。

車はごく普通の乗用車だった。
「あんまり目立つのも良くないのでね」
とその人は意味深なコトを言った。

そういうもんなのかな?
私は頭が良くないからよくわからない。
だからクソ男に引っかかるんだよと親友によく怒られたっけ。
心配して一緒に泣いてくれていた。
前も、前も、その前もダメな彼氏だった。
働かないか、暴力か、頭がおかしいか。

15分程車で走っていっていると、かなり山手の方で。
緑がキレイだ。
窓を開けてもらうと空気が美味しかった。
「もうすぐ着きますよ」
声と言い、話し方といいなんか、優しい。
にゅーわ、っていうんだっけ?こういうの。

しばらくして、「お屋敷」に着いた。

「す、凄いです」
「ふふ、そうでしょう。私も最初見た時びっくりしたわ」

小さい頃の私が見たらお城だと言ってはしゃいだだろう。

敷地が200坪くらいある。
お屋敷じたいも、めちゃ大きい。
昔のお金持ちの人が住んでいるような家だ。

「何LDKあるんですか??」
思わず、テンションが上がってしまい、はっとして口を押さえた。
「うーん、22LDKかしら、一応」

??!
そんなの聞いたことない!初めてだ。


中に入ると、意外にリノベーションされていてモダンな雰囲気だった。
どちらにしても高そう。
外側は、ザ洋屋敷ってかんじだ。
ちびまる子ちゃんの花輪くんちみたいな。

大広間の隣の部屋に通される。
「奥様、お連れしました」
ドアをノックして、入る。

中はミントグリーンの壁紙の、美しいお部屋だった。
アンティークな白家具が可愛らしい。

「あの、あの、初めまして」

部屋にはひとりのメイドさん(黒のワンピースに白のエプロンだ)と、車椅子に乗った60歳くらいのご婦人がいた。

「初めまして。ようこそおいでくださいました。大川さんね」
メイドさんは一礼して、お部屋を出ていってしまった。
やだ!一人にしないで。緊張で死にそう。

ご婦人は「花田レイ」と名乗った。
名前まで美しい人だ。
なんというか、服装は勿論のこと、髪や肌に手入れが行き届いているのがわかった。
瑞々しくて綺麗。
ネイルもさりげなく紫陽花カラーみたいな色でオシャレだった。
ローラアシュレイがデザインしてそうなワンピースを着てる。

「貴女の恋人の借金は私が支払っておきました。もうこんな事はしないようにね。貴女の人生は、貴女だけのものです」
「……………」
びっくりしすぎて、何も言葉が出ない。
「お金を貯めるために業界に入るのはいいけれど、借金のためだとか、ホストのためだとかはあまりお勧めしないわ」

言葉が出ない。業界というのは、風俗業界のことだろう。
お説教されているのだろうか?
その時、ノックが聞こえてまたメイドさんが戻ってきた。
シニヨンが可愛い、すてきな人だ。
優雅な仕草でアイスティーを淹れてくれる。
喉がカラカラだったから助かった。

「どうして私を助けてくれたんですか??」
ズバリ聞いてみた。
「苦しむ女性を一人でも減らしたいのよ」
レイさんはふうっと重く溜息をついた。

それから、カンタンな面談がまた始まった。
掃除や洗濯などが主な仕事でそのほかには、買い出しなどもあるのだという。
基本、住み込みで家賃はいらない。
給料は月20万円から。社員登用もあるのだとか。
あの面接してくれたお姉さんは社員さんなのだと言っていた。

「男性に騙されないようにね」
そう言ってティータイムは終わった。


紫陽花がたくさんのキレイな庭を見ながら廊下を歩く。
結構、廊下も長い。

庭でボール遊びをしている母子を見た。
2歳くらいの子だろうか。
お母さんは化粧っけがなくて、なんだか疲れた顔だった。

廊下の奥はスタッフルーム、そして私が住むことになる寮がわりのお部屋だった。
ベッドとかテーブルだけのシンプルな部屋だけど、凄くキレイに掃除されている。

さっきのお姉さんが来て「誓約書」を持ってきた。
「ここにサインしてね」

ここで見聞きした事を絶対に外に漏らさない。
喋らない。
個人情報を命のように扱う。

私はサインをした。


これからどうなるんだろう……


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