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私って一体誰? 気づきについて

ヨガの講座で学んだこと。

私はともみ。ヨガのクラスをスタートさせて、まだ集客力がないから、他の仕事を探していて、看護師だった母と自営業の父から産まれて、二人の妹がいて。旦那さんがいて、去年まで旦那さんの両親と同居していて、義理の兄姉がいて、甥っ子姪っ子がいて。。。

これは私に付属しているもの。心が認識しているだけで、経歴や身体、考えている事が私自身なのではなくて、これは私の外側を表現しているものに過ぎないとヨガでは考えるのだそう。

例えば今病気になっているとして、苦しい経験をしているのは本当の自分ではなくて、私の身体と心が苦しんでいるということ。苦しい体験をしている時にこそ、その心をただ見つめている自分がいることに気付こう、その心をジャッジなくただ見つめる観察者になろう。という考え。

心と身体に生きる力、活力、エネルギーを与えている存在。それこそが本当の自分自身。純粋で自由、宇宙のエネルギーと繋がっている自分。全てを客観的にいつも気づいている自分が本来の私たち。

なんとなくはわかるけれど、実践としてまだ私の中で消化しきれていない体験。ジャッジしない、客観的に、観察者になるという行為。

今までの私は思考、感情そのものが私だった。例えば、

人間関係がうまくいかなくて、仕事が嫌になってやめてしまう。こんなことを繰り返す自分はだめだ!すぐ飽きてしまって続かない自分が嫌だ。私って自分勝手だな。とか、ネガティブに思ってしまう私は良くない(ジャッジ)とか、、、

この今までの思考の癖から、

ただただ、私はこう感じているんだなー。そうなんだねー。とその思考、感情と私自身は切り離して、その思考を自分の前において、その感情と一緒にそこにとどまってただただ見つめる。客観的に見ていく行為。そんな感じかな?

気づきを得るには(自分を知るには)

自分は今どういう状態であるのか常に気づいておくことが大切。

私たちの目や耳は常に外側のことをキャッチするのに必死。

現代は、テレビやCM、SNS、いろんな情報で溢れかえり、私たちを刺激している。あれが必要、これがあったほうがいい。。。仕事は忙しいし、家事もあるし、子供の世話も。。。

私たちが自分の内側の声を聞く時間ってあるのかな?

私はありがたいことにその時間に恵まれていて、自分と向き合わざるを得ません苦笑 そして絶賛訓練中。。。

自分の内側の声を聞こうとすることで、不平不満や怒りを持つ自分を客観的に見つめることができるようになり、心が楽になっていくんだそう。

気づいているということは、何事にもとらわれず、ただ見ている状態。

この何事にもとらわれずっていうのがミソだよな〜。

自分に気づけるようになると、信念、感情、過去のトラウマなどはどんどん消えていき、内側がシンプルになっていくんだって。

心を静かにしていくと自分に気づけるようになっていくというが、ただ気付こう!と意気込んでもそれは難しい。

段階を踏まえて、無理なく自然と内側を見ていけるようになるためにヨガはある。

まず身体を見つめ、感覚、感情、心、エネルギー。順を追って、気づきへと導いく。

これが私が学び、実践しているヨガ。

まだまだ練習中ですが、ふっ。と気づくような感覚があるときがある。

あ。私、傲慢だったなとか。心を観察していくと、冷静に一歩引いた視点で見ると、気づけることがある。

こういう地道な積み重ねなのかもしれない。果てしないな〜。


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