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やり尽くせ 軽くあらねば (歌壇作品時評)

※ 以下は、短歌結社誌『水甕』2022年1月号に掲載した「歌壇作品時評」です。執筆したのは2021年11月頃です。

 歌会で他人の意見を聞く機会が激減した。総合誌から、刺激的な視点をもたらす歌をピックアップした。

アドレスにpacem友は灯しをり送信の度ひろがるpacem
                       
春日 いづみ 「歌壇」十一月号

 〈pacem〉(パーチェム)に「ラテン語 平和」の注釈付き。連絡先交換も通信やコピペで済んでしまう昨今、メールアドレスの文字列に目を留めたのがユニークだ。

ガザ地区がふと足立区に聞こえ来ぬ深夜のニュース画面の奥より
                       栗木 京子 「短歌」十一月号

タリバンに制さるるより機体から落ちる自由を選ぶ、酷しも

 一首目、ダジャレのような聞き間違いだが、自分の居住地が急に封鎖されたり砲撃を受けたりするリスクはどこだってゼロではない。二首目、機体に必死にしがみつくあの男たちの動機を、寄り添いながらも冷静に示した。

オーボエの温き調べは夭折の母の声なり身を湿らする
                       
三井 修 「短歌」十一月号 

 母恋いというベタになりがちな話だが、オーボエという小道具でオリジナル性を打ち出した。落ち着きがありつつ軽やかな声の人だったのだろうか。

半音ずつ低くなる空 空♭空♭空♭ これからいっぱい怖い目にあう       
                       高柳 蕗子 「短歌」十一月号

 〈空〉には音階の「ソ・ラ」が連想される。更にルビを利用して音楽記号のフラット〈♭〉を当てており、不穏な短調の音が聞こえてくるようである。

ばらばらな思いのように浜茄子が風に吹かれてNachtmusik
                      北山 あさひ 「短歌」十一月号

 Nachtmusik(ナハトムジーク)とはセレナーデのこと。ア音の多用がどこか開放的な感情を誘い、結句のドイツ語までも違和感なく訴えてくる。

旋律は死の聖骸布滅ぶれど滅ぶれどなほうたひたまへな
                    白川 麒子 「短歌研究」十一月号 

 〈死〉〈聖骸布〉〈滅ぶ〉と不穏な単語を使いつつ、〈滅ぶれどなほ〉と畳み掛けてくる。洗練された文体ながらひたむきな情熱も暗示している。連作「琴線」は宗教や神話のイメージを駆使して幻惑的な世界を展開する。

この家で子ども返りをやり尽くせ星へゆくなら軽くあらねば
                     雪舟 えま 「短歌研究」十一月号

 自分の子に向けての歌だと思うが、読者の大人たちにも向けられているように読める。そうだ、存分に童心を持とう。今、この場所で、やりたいことはたくさんあるはずだ。


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