短歌結社・水甕の賞に応募した連作30首です。 受賞なりませんでした。今更ですが、造りも思想も詰めが甘かったです。手厳しいコメントも心してお受け止めします。 ジャムと化粧水 みどりごの頭いくつも抱えるよう重みに耐える鬼柚子いっぽん テーブルの上にごろりん正座する鬼柚子の実はふくれっ面に 鬼柚子をあたまごと煮て甘苦き匂いに満たす実家の厨を 鬼柚子の苦き香りに思うのはカインの抱いた暗き感情 亡き父と亡き祖母のこと語りつつ齧る鬼柚子甘煮の和し 「ばあちゃんは毒母だったね
一度目の結婚の時に、故郷の自治体から戸籍謄本を取り寄せた。既に父が死亡していたので戸籍筆頭者は母だと思っていたのだが、筆頭者は父であった。戸籍制度とは本当に素っ頓狂な制度で、つまり、父は死亡しているから戸籍から除籍されてはいるのだけれど、戸籍筆頭者ではあるのだ。私は、死者の戸籍の「子」であったのだ。 この歌も似たような事情だったのではないか(作者はご結婚されているので、私と似たような過程があったと思う)。死者の戸籍の<ひとすみ>に自分の名前がある、という事実。「一隅」では
下句は「ナイフでカット/して切り分けて」といわゆる句跨りになっている。 上句と下句が関係あるように見えて、全然関係なくて、でもやっぱりどこか関係ありそうに思えちゃうのが、この歌のミソ(って言い方はまだ通用するのか)。 <真夜中>ってのは私に言わせれば「もう寝るぞ」と言いたくなる時間帯。しかし、デスクワーク中心らしき<私>はそうもいかないようで、眠気を我慢しなければならない。でも<逃れられない>。 もし、この歌が「ケーキをナイフでカットして切り分ける」歌だったり、「眠気
M・マクルーハン(1911〜1980年)は、テクノロジーやメディアが人間の身体を拡張すると言った。外出や対面の難しい今こそ、メディア詠を意識してみたい。 「NHK短歌」テキスト一月号より。 みすゞ読む吾に背預けソシャゲをす甘い時間の砂ごと溶けて 東京都 中島 早希子 金子みすずの詩集を読む文学的志向の〈吾〉と、スマホでソーシャルゲームに興じるイマドキなもう一人。〈吾〉の背中にもたれかかるから、小学生だろうか。別々のメディアで異なることをしつつ何となく甘えてくれる
※ 以下は、短歌結社誌『水甕』2022年2月号に掲載した「歌壇作品時評」です。執筆したのは2021年12月頃です。 恐竜はほとんど絶滅したが、一部は生き延びて今の鳥類になった、というのが最近の研究で分かっているらしい。鳥好きの人々には既に常識なのか、「短歌往来」十一月号の特集「動物(ペット)を詠む」にて、二人の愛鳥家が自身の飼い鳥から恐竜時代へと遡り、壮大な時空間を詠んでみせた。 十姉妹文鳥鸚哥に仕えつつひとり人語をつかい暮らせり 大井学 「鳥家族」 文鳥のケケケ
※ 以下は、短歌結社誌『水甕』2022年1月号に掲載した「歌壇作品時評」です。執筆したのは2021年11月頃です。 歌会で他人の意見を聞く機会が激減した。総合誌から、刺激的な視点をもたらす歌をピックアップした。 アドレスにpacem友は灯しをり送信の度ひろがるpacem 春日 いづみ 「歌壇」十一月号 〈pacem〉(パーチェム)に「ラテン語 平和」の注釈付き。連絡先交換も通信やコピペで済んでしまう昨今、メールアドレス
『テンペスト』仲間由紀恵を推す我は悪役側の子孫であるが 炎とは浄化か憎悪の妄執か火刑のシーンに顔がひりつく 『薔薇の名前』 熱心に夫が見ているスマホには蟬を唐揚げして喰う動画 (おろちんゆー) ムーミンは咥えタバコの煙より生れて世界を駆け巡りたり 『TOVE』 人の死にし二駅先の復旧を、死後の平安思いつつ待つ なんのかんのと無理矢理にでも映画を観た年でした。 『テンペスト』はNHKでの再放送。仲間由紀恵がイケメンすぎて死んだ。私、実家が島津家の土地の被支配者層なので、琉球
海外ドラマのDVDを借りて自宅で夫と鑑賞している。『SHERLOCK』『GRIMM』をすべて観て、先日はとうとう『エレメンタリー』のラストシーズンまで観た。最近は『MACGYVER』を借りている。子どものころに時々見かけた『冒険野郎マクガイバー』の舞台を現代に移したリブート版だ。 間違えてシーズン3から借りてしまい、夫婦でその責任を押し付けあいながら観たんだけど、まー、面白かった。結局、借りてしまったシーズン3の3巻(1〜6話)はとりあえず観た。それで今度はちゃんとシーズン
※ 結社に依頼されて書いて送って没になった原稿を、ここで公開します。この文章は所属結社には何の関係もありません。 ※「ここが良くないんじゃね?だからリジェクトされたんじゃね?」というご意見ありましたらぜひお願いします。耳の痛いご意見も謹んで傾聴いたします。 ※ 追記訂正:没になってませんでした。なぜか依頼の号の翌月号に掲載されました。でもコメントしてもらえたら嬉しいです。(2021年4月26日) ニュースに触発されて歌を詠みたくなることがある。しかし、その事件の社会背
客席は重低音に持ち上がり数多(あまた)の腕が天を求める 校庭に雀の群れが駆け回る初恋たちの休校期間 故郷(ふるさと)のあんな田舎もコロナ禍に水と空気は美味いかウイルス Ex Libris 祖母(おおはは)の苦労を訥々(とつとつ)語る人 その褐色の手は大きくて TENET タイムリープ映画の後のわたしたち首傾げつつ手をつなぎあう すべて結社誌『水甕』に発表済み。 映画の歌を歌っているなんて、今考えるとまだ余裕あったんだな。しかも2作品。まだまだ映画館に行きたかっ
歌集紹介を所属の短歌結社誌に投稿しました。ボツの可能性があるので、ここで公開します。 地味で時々生きづらい毎日を、口語短歌で表現する。 ヘ音記号みたいにオレの魂はどこにも行けない形で黒い 片恋が破れて自殺を図った少年時代。 考えず腕組みをして不機嫌に見えそうだなと思ってほどく うしろまえ逆に着ていたTシャツがしばし生きづらかった原因 誰にもある不器用な部分を、ユニークに言い表す。また、他人に対する風刺も効いている。 パトカーが一台混ざりぼくたちはなんにもし
以下は、短歌結社誌『水甕』2020年9月号に掲載した「歌壇時評」を一部削除して修正したものです。執筆したのは2020年6月です。 今年五月、木村花さんという二十二歳の女性が亡くなった。プロレスラーで、俳優でもあった。出演していたテレビ番組『テラスハウス』は複数の男女がシェアハウスで生活する様子を放送する「リアリティショー」と呼ばれるジャンルの番組だった。リアリティーショーには台本がなく、出演者の演技なしのリアクションを楽しむものとされている。ところが木村さんのキャラクター
以下は、結社誌に投稿したけど没になった文章です。結社の歌友たちはちょっと時事詠に弱いというか、あまり新聞などを読まないようなので、解説的に書きました。執筆したのは2020年5月です。まずはこのまま公開します。 角川『短歌』五月号の特集は「日常・社会はどう歌うか」。ベテラン歌人たちによる作歌法が大変参考になる。参考になるのだが、総合誌読者の多くは、そして水甕の諸姉諸兄も作歌法以前のもっと手前のところでつまずいているのではないだろうか。無礼を承知で言うと、私の周囲の多くが(
以下は、短歌結社誌『水甕』2020年8月号に掲載した「歌壇時評」です。執筆したのは2020年5月です。 厚生労働省によると、今年四月の全国の自殺者数は前年同月に比べ約二〇%減少したという。COVID-19(コビットナインティーン)(新型コロナウイルス感染症)拡大防止の為に外出が制限され、職場や学校の人間関係から解放されたことが理由だと思った人が多いだろう。 ある人がTwitterで呟いたことが印象的だった。デュルケムの『自殺論』(フランス語の原著は一八九七年)によれば、
以下は、短歌結社誌『水甕』2020年7月号に掲載した「歌壇時評」です。執筆したのは2020年4月です。 COVID-19の脅威が一〜二年で去るとは考えにくくなってきた。むしろ諸姉諸兄がこの時評をお読みの頃には、私がCOVID-19か貧困で死亡している可能性だってあるのだ。 さて、私が表記したように世界保健機関(WHO)がCOVID-19と命名した病気は日本では「新型コロナウイルス感染症」で知られている(四月現在)。COVID-19を日本語風に読めば「コビット・ナインテ
noteには小説とかエッセイとか書こうかなと思っていて、書きかけの下書きがあるんだけど、とりあえず短歌のことを真っ先に出してみる。 Twitterで #2019年の自選五首を呟く というハッシュタグがあったので、自分が結社誌に投稿した詠草を見直していた。私の自選は次の五首。 太陽と土の思い出の味がする平飼い卵のぶっかけごはん(『水甕』2019年1月号) 丸餅が膨らんできた 俺たちにシペ・トテックなんか要らない(同2019年5月号) 選択をさせられていく安楽死とか男の姓