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「見えている世界と見えない世界・私の死生観」

いよいよ前処置と言われる、理論上悪い細胞をゼロにしますキャンペーン(抗がん剤+放射線治療)がはじまりました。とはいえこのくだりも3回目を迎え、、正直粛々とやるのみという感じです。吐き気止めとして入れられる点滴が良い感じでお昼寝へと導いてくれるので、見なくて良い世界は見なくていいよという天使の粋な計らいに素直に準じております。
病との日々も10年を迎え、いつも私のすぐ側には「死の世界」があります。それはこの白血病という病の特性でもある、先月先週の血液検査で問題なくとも今日はOUT。そういうスパイシーな経験を何度もしているからと自分では思いこんでいましたが、振り返るともっと子どもの頃からやはり、私はどこか死の世界に魅了されてきた節があります。
よく「なぜそんなに前向きに生きられるのでしょうか」という具合の問いをいただきます。それの答えの一つは多分「見えていない世界」も生きているからではないかと思う。今日はその辺りを書きたいと思います。
子どもの頃はそれを言語化できなかったのですが、一番はじめは多分4-5歳の頃。おばあちゃん子だったので、よくお昼のワイドショーなどを
祖母と見ていたのですが、時々そこに映る人が透明というか。肩の辺りが透けてきていたり、場所は様々にとにかく輪郭がぼやけるように見えることがありました。それで祖母に「ねえ、おばあちゃん、この人死んじゃうのにどうして映ってるの?」とかなんとか。「ええ?この人はね、次に舞台をやるっていうのを今宣伝してるんだよ」と。その時はふーんと思っているのですが、案の定その次の週とか割と直近に「XXさん急死、主演舞台降板!」(という意味は5歳には分からないけれど、「死んだんだやっぱり」は理解していました)そういう報道をまた祖母と見て、、「あれ。ほんとだ。なんでわかったの?」と聞かれたものでした。
そこからはオーラとかとまた違うのですが(そんなにカラフルではない)、初めて会う人など特に、、ものすごくどす黒い墨みたいなものを頭から被って、とにかく「真っ黒」に見えるという現象が出てきました。これは未だに続いていて「あの人はとても良い人です」とか世間の方に言われるような人でも起きたり、逆に路上生活をされている方に天使の羽みたいな、ものすごくキラキラとしたゴールドみたいな光が見えたり。なるほど。人は見かけじゃないし、どういう暮らしをしているとか、お金があるだないだ。そういうことじゃないんだなっていうことを随分その「光と蔭」に教わりました。
建築学科の学生になっても、どういうわけか作りたいのは慰霊空間とかで。しかもそれが日常の中に溶け込んでいるほど自分のイメージに近い。そのあたりから「生と死のジャンクション」というか、どこからが死んでいてどこからが生きているのか。に3次元的、空間的要素が加わり始め、そんな場所をどうやったら社会に落とし込めるのか。みたいなことをずっと考えていました。
その流れでカナダに留学した時も、写真のクラスで毎週2本、フィルムを撮影して現像までしなくてはいけなかったのですが、撮るのは墓地の写真ばかり。欧米特有の墓地が普通の居住区の中に公園として存在していること(その連続性と自然な感じ)がたまらず、毎週撮り溜めてはクラスで発表していて。「こいつなんやねん」感マックスだったろうと思いますが、全く飽きずに撮り続けていました。お墓以外の興味は階段。それはちょっと仏教と結びついていて、いかに涅槃の国にいけそうかどうかという自分の中の理想の形状があって、そういう階段を街中で見つけてはシャッターを切っていました。
日本に帰ってきてから、大学院の研究で東寺をデジタルアーカイブするというプロジェクトに関わることとなり、それがまた空海という宇宙につながっていくのですが、空海について触れだすといよいよすぐに5万字くらい書けてしまうのでここではサラッと流して。そうして元々あった日本の社寺仏閣や日本的埋葬の仕方への興味が融合していって、古の世界に触れることの心地よさは増殖していく一方でした。東京に暮らす今は、青山墓地が私の中で一番の安らぎの場所です。
32歳で白血病を得てからは、その第六感的なやつが次のステージに入ったというか。時間とかを超え出したなという感覚があるのです。初発の治療の時、大腸から小腸へかけての粘膜が総剥がれするという大事件が起き、もうこの世の地獄の痛みに悶絶し、相当量のモルヒネが投与されました。これはいわゆるモルヒネの幻覚、幻聴と結びついた記憶なのかも知れないですが、夢か現か文字通り分からない時間が3-4ヶ月続きました。時を経て結果的に分かったのは、多分そのイカれている期間、相当数「未来の会話(未来に会う人との会話)」をしていたとしか思えない現象が後に起きるのです。
会話はすごく断片的なシーンの連続で、その1カットずつは何も繋がっていなかったりします。親しい友人や家族との会話のシーンもあるのですが、全然仕事でも会ったことのないような方と何か打ち合わせしていたりとかそういうバズみたいなものもそのカット集に含まれています。
何年も経てとあるMtgで「ああ!」という瞬間がやってきます。そのMtgは全く新規のものではじめてお会いする方達ばかりなのに、あの人がこう言ったあと(すごく具体的なセリフとしてそれが浮かぶ)、あの人がこれを言って、で最終的にこの案になる。みたいな答え合わせが始まるのです。
それはそのMtgの行きがかり上そういう風に感じてるだけじゃないの?と自分でも思っていたのですが、「どう考えてもこのくだり1回やってる」的な。デジャブ感半端ない、ものすごいクリアな体験として感じるのです。ですから邦題「メッセージ」(原題 : ARRAIVAL)と名付けられた映画を見た際も。ふむふむそうだよなあと。時間ってリニアに(過去ー現在ー未来)流れてないし、未来がわかっていてもそりゃ今を生きていくよねと自然に思えました。この映画を撮ったドゥニ・ヴィルヌーヴ氏と話すことがあれば、かなりの部分で共感し合える気がします。
あとは月光仮面、よもや宇宙船に乗れたかもとか白いうつくしい球との遭遇は前回書いたとおりですが、対人においてもますます研ぎ澄まされている感覚があり。洞察力という言葉に集約すれば良いのか、、自分で判断しかねますがそういった力が増しているように思います。
そんなわけで、幼少期+エネルギーに満ち溢れた20代から魅了されるのは死の世界であり、それらは今生きている生の世界と何の隔たりもなく自分の中に存在していたのだなと思うのです。
父のように実体として祖父や伯父の姿を見ることはないのですが、その「存在」は常に生身の人間と同じ解像度で感じることができるし、「声」という音を持った物質感でないにしろ、何かが起きた時に「結果としてこうなる」みたいなビジュアルイメージとして私には届くことがあって。いわゆる直観というのか。後出しジャンケンみたいなことだから、今言っても嘘くさいだけですが、ドナーも従兄弟のお兄ちゃんになるだろう(そう決まっている)というイメージは最初から実はありました。そうでありたいと思うことを実現できる何かがあるのか。予めそう感じたものが現実になっていくのか?は分かりませんが。
こうした見えない世界からのメッセージは日々届いていて、ある人に見てもらったところ「受信する」という能力があると。これを「送る」ことが出来る方もいて、そういう方はより誰かのためにその力を役立てられるのだろうと思います。個人的には「送受信」できるようになりたいと思っておりますが、やり方が分かりませんw。
オノ・ヨーコさんもいつもジョンの声を聞いていらっしゃるそうで、何度か彼の死後もいのちの危険に晒される(強盗に入られるなど)ことが起きても、ジョンが「XXの階段から今すぐ逃げて!」と言ってくれるのだと仰っていました。それで何度もいのち拾いしているそうです。
だからやはり言えるのは、ニンゲンとして肉体を持って生きていることはもちろん掛け替えのないことですが、見えない世界の中で魂や思いは生きていて。大切な誰かを守っているし、見えている世界がすべてではないのだということを思うのです。
見えている世界だけに捉われると、生きることがしんどかったり苦しかったりすることがあります。あの人はこう、なんで自分は?そういう思いから逃れられなくなって生きづらさを感じたりしてしまう。でも、、、
それをもう少し自分に寄せて、生き方みたいなものに置き換えるとすると、まだ見えてない世界があるから、未来はワクワクしかない。ということに帰着すると思っています。だからこの世は生きるに値するし、生きている今日は掛け替えのない今日なのです。生きていることにクサクサしたり嫌気がさしたら、ぜひ「妖怪大図鑑」などを眺めてみたりして、見えない世界に思いを馳せてみてください。どこからか、メッセージが飛んできて「これでいいのだ」と思えるのではないかと!
こうした実体験が、私に何度でも生き直してやろうと今日を生きる力をくれているのだと思います。
※写真は今年の青山墓地の桜。ここに来ると年代も出身も人種も凌駕した耽美な世界を感じます。桜とダンス。ここに居るたくさんの方達が踊っているビジュアルがいつも浮かびます。