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『#Eぐみに会いに行く。』vol.1 杉本親要さんインタビュー【前編】 「頭足類(とうそくるい)」に魅せられて〜“貝殻を脱いだ軟体動物“イカの賢さの理由を探る〜


今回インタビューをさせていただいたのは、杉本親要(すぎもと ちかとし)さん。筆者にとっては、高校時代の同級生です。
現在、杉本さんは主に、イカを中心とした海生軟体動物の研究に携わっています。この日お邪魔したのは、勤務先である慶應義塾大学の研究室。「頭足類とうそくるい」と呼ばれるイカやタコの生態から進化の過程まで、たくさんのお話をうかがいました。

      『#E ぐみに会いに行く。』
vol.1

インタビュアー・神田 朋子

杉本 親要・すぎもと ちかとし
都内の高校を卒業後、沖縄県の琉球大学に入学。同大学院の理工学研究科海洋環境学専攻において博士号を取得。その後、沖縄科学技術大学院大学(OIST)分子遺伝学ユニットに所属。2021年、慶應義塾大学法学部生物学教室に助教として着任。

沖縄での衝撃的な出会い


神田:今日はお時間をとっていただき、ありがとうございます! 

杉本:こっちこそ、わざわざ出向いてもらって。

神田:大学の研究室に入るなんて初めてで、ワクワクして来たよ! それにしても、この前の同窓会の直後に取材申込みをさせてもらったら、杉本くん、二つ返事でOKしてくれたから。まさか10日も経たないうちにまた会えるなんてね(笑)。本当に有難う! 

杉本:いやいや。あまり居心地が良いとは言えないかもしれないけど(笑)、ま、ゆっくりしていって下さい。

杉本:普段の研究対象は主にイカなんだけど、今、研究室にはイカはいなくて。そこの水槽に入ってるのは沖縄のエビ。すんごいちっちゃいんだけど、イカの餌になるの。

神田:あ! ほんとだ、たくさんいる!! 

水槽の中には体長が1センチにも満たない小さなエビがたくさん。


神田:杉本くんは、最近まで沖縄にいたんだよね?

杉本:そうそう、高校卒業後から2021年の途中までずっと。沖縄の琉球大学に入ったあと、大学院に進んで、そのあとOISTオイスト(沖縄科学技術大学院大学)っていうところで、遺伝子研究のラボにいた。

神田:わぁ……。なんか聞いただけですごそうだね。でも、そもそもさ、なんでイカに興味を持ったの?

杉本:大学2年生の時に、イカの研究をしてる池田譲(いけだ ゆずる)先生の授業を受けて。それが、イカとかタコとかの行動についての授業で。

神田:行動?

杉本:あんまり馴染みない? 行動学。

神田:聞いたことはあるかも。でも、タコが壺から出たり入ったり……クネクネ動いてるのは想像できるけど、イカが具体的に何か「行動」をしてるイメージっていうのは、ちょっとないかなあ。

杉本:イカって、群れを作ったりするんだけど、それも行動。全ての「動き」が行動学の対象。

神田:へぇー、そうなんだ。

杉本:で、その授業で、いちばん俺が魅了されたのが、イカの体色変化。つまり、体の色が変わること。イカって、体の表面に“色素胞“っていう細胞を持ってて、それを筋肉の収縮で調節していろんな色に変わるの。それを見て、「何だこいつら!」って、衝撃を受けて(笑)。

神田:なるほどね。

杉本:赤ちゃんのイカは、まだ色のパターンはあんまり出せなくて、群れも作らないから、主に擬態のために体色変化を使うんだけど。

神田:ああ、敵に食べられないように。

杉本:そうそう。それがこう、大人になって、だんだん群れを作るようになって社会化していくと、複雑な色のパターンも出せるようになって。体色変化を、コミュニケーションとして使う割合が増えてくるようなんだよね。

神田:「社会」とか「コミュニケーション」とか、イカにもそういうのがあるの? イカなのに……って言ったら失礼かもしれないけど(笑)。

杉本:ま、社会っていっても、定義が難しいんだけどね。イカの場合、群れの中に、何らかの社会があるだろうと考えられてる。例えば、偵察役とか仲介役みたいなイカがいたりもして。実は俺も、アオリイカの社会性に関する研究で、博士号をとったの。

神田:へぇ!

杉本:それと、イカは目もすごく良いんだよ。

神田:あ! それ、聞いたことあるよ!

杉本:成長するにつれて視力が上がって、大人のイカになると、人間で言うところの1.0を超えるヤツもいる。俺の裸眼よりよっぽど良いよ。

神田:へぇー!

杉本:だけど、イカもタコも、祖先は貝だったから、もともと目は無かったの。

神田:え? イカって昔は貝だったの!?

杉本:そうそう。"貝殻を脱いだ軟体動物"って言ったりしてるんだけど。貝殻を完全に捨てちゃったやつもいるし、形を変えて体の中に残したやつもいる。コウイカっていうのがいるんだけど——よく、海岸に20センチくらいの白いサーフボードみたいのが打ち上がってるでしょ? あれがコウイカの中に入ってる、貝殻の名残り。貝殻のもともとの役割は、主に「防御」だったんだけど、コウイカはそれを浮力のために使ってる。

神田:防御のために貝殻があったのなら、貝殻を捨てたイカたちは、何をその代わりにしてるの?

杉本:そうそうそう、そこがなんか、ポイントなんだよね。貝殻を捨てて、得たものが、「機動力」。

神田:動きやすくなった。

杉本:そう。で、腕も長〜く伸びて、這ったり隠れたり、泳いだりできるようになった。それと、あのほらよく、スーパーで売ってるアサリとか見ると、水を噴き出す器官があるでしょ?

神田:うんうん。

杉本:あれ、「ろうと」って言うんだけど、あそこからピューッと水を吹き出して、移動のための動力に使ったのね。

神田:イカにもあるの?

杉本:あるある。

神田:これで言うと、どの辺?

杉本:え? ……これ、かんちゃんが描いて来てくれたの?


まるで頭から足が生えているよう。まさに「頭足類とうそくるい」。
でも実は、"足"ではなく"腕"だそうです。
(画・神田)

神田:うん。

杉本:いやいや、よく特徴捉えてるよ(笑)。 そうそう、これで言うと、お腹側の、この、目と体の下くらいに。

神田:へぇー、そうなんだぁ。

杉本:で、防御のための貝殻を脱いで機動力を得て、さらに脳とか目とか体色変化の能力とかを発達させることによって、それが防御力の役割を果たすようになったんだ。

神田:そうか! 貝殻の代わりに、目と脳と皮膚が、防御力になる!

杉本:そう!

神田:うわぁ。本当、私の知らないことがいっぱいあるんだなぁ。

自分だけの新たな領域


神田:今、杉本くんは何の研究をしてるの?

杉本:今研究してるのはね、ダンゴイカ。お団子みたいに丸っこいイカでね……

神田:これだね!

ダンゴイカ(画・神田)


杉本:そうそうそう(笑)。池田先生の元で博士号をとった時は、アオリイカの「群れ」とか「社会」とかっていうのをテーマにしてたんだけど。そのあと、一人立ちするってなった時に、今度は自分で新しい研究テーマをたてなきゃいけなくて。ま、興味の方向としては池田先生と被っちゃうわけだけど、なんとかして「杉本親要エリア」を作らなきゃと。

神田:わぁ。大変そう。

杉本:でも、あまり「先生と違う方向、違う方向……」って考えてると行き詰まっちゃうし。で、結局は初心にかえって、考えた。

神田:うん。

杉本:やっぱり自分にとって面白いと思うのは、まず、イカの賢さ。で、もうひとつが、何故その賢さが生まれたのかっていうところ。ま、賢さが生まれた進化の過程の話だね。

神田:うんうん。

杉本:さっき話したように、イカとタコは祖先は同じなんだけど、遺伝学的には3億年前に分かれたってことが分かってる。体の構造は本当にそっくりなんだけどね。行動とか、住んでる場所とか、生態がだいぶ違う。ま、3億年間、イカはイカやってるし、タコはタコやってるから、そりゃあ生態にも違いが出てくるよね。

神田:そうかー。

研究室の冷蔵庫で保存されているダンゴイカのサンプル。
杉本さんの研究で使っている種類は、指先ぐらいの大きさだそう。


杉本:で、イカもタコも賢いって言われてるけど、イカの賢さの科学的根拠って、実はタコから来てる部分もあって。

神田:え? どういうこと?

杉本:イカって、まず飼育の面で、タコよりも扱いにくい。よく泳ぎ回るから、水槽の壁にぶつかったりしてすぐ死んじゃうの。タコはそんなに泳ぎ回らないし、ほとんどが単独行動だから、観察がしやすい。それに、イカよりもタコの方が、「分かりやすい賢さ」を見せてくれる。たとえば、タコは空間認知能力が高いから、瓶の蓋を開けたり、自分で拾って来た貝殻の中に隠れて身を守ったりもする。

神田:わー、道具も使えるの?!

杉本:そう。で、実はイカ自体の研究はそんなに出来てないけど、タコが賢いから、同じ頭足類のイカも賢いだろう、っていうことで。だから、イカの賢さを研究したいと思ったの。

神田:なるほど。

杉本:と同時に、イカとタコをそれぞれ両矢印の端に置いた時に、賢さのグラデーションみたいなものがあるんじゃないかと考えた。まずは、このグラデーションを描きたくって。そこで選んだのが、ダンゴイカ!

神田:ダンゴイカ!!

杉本:ちょうどイカとタコの間にあるグループで、遺伝子的にはイカなんだけど、見た目とか生態はタコに近い。観察も割としやすくて。だからダンゴイカが、「イカっぽい賢さ」と「タコっぽい賢さ」の両方を、半々ぐらいで持ってるんじゃないかと思って。つまり「タコっぽい賢さ」っていうのは、ものをいじるとか道具を使うっていう空間認知能力。で、「イカっぽい賢さ」っていうのは、群れとか体色変化に見られるようなコミュニケーション能力。

神田:なるほど!

杉本:ま、人間の脳で考えてみても、空間認知能力があったり、あと、コミュニケーション能力に関連するところでは言語能力があったりするわけだけど。それぞれ違うものではあるけれど、一方でリンクしてる部分もある。

神田:ふーん。

杉本:そういった点から考えても、イカとタコ、それぞれの賢さを研究するのは面白んじゃないかと思うんだよね。

ほんとうの賢さとは何か?


杉本:そうやってイカとかタコとかの賢さについて研究してると、ますます、「“知性“とか“頭がいい“って、いったい何なんだろう?」って思うんだよね。

神田:そうなの?

杉本:イカやタコの知能を人間と直接比較することは難しいし、人間の方が発達してるのは分かる。人間の世界では「頭がいい」なんて言い方もするし、テストなんかで、ある程度点数化することもできるわけだけど。でもそれって、よくよく考えると分からないなって。
人間は戦争もやめられないし、同じ失敗をよくするし、地球も破壊しちゃう。地球環境に適応してるかどうかっていう視点で考えると、知能が高いとはとても言えないよね。

神田:そうか……。

杉本:人間は、脳みそばっかり進化させて、地球を支配してる気になってるけど、ふと見ると、水の中でイカとかタコが笑ってんじゃないかって、そう思うんだよね。

神田:うーん確かに。そう考えると、ほんとうの賢さって、一体何なんだろうねぇ……。

【後編】につづく)

(取材日:2022年12月26日)

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