心鎮まる時「答えの、その奥」が顕れる。
30年前の私は、何かをする時に「理想のゴール」が常にあり、そこから逆算して成果を上げる・・・という至極フツーのプロセスを歩んでいた。
ここ数年は、何かをする時には、心を鎮めて「答えの、その奥」が自然に顕れるのを待つようになり、心から湧き出るもの以外のことをする時間を極力減らしている。
その結果、自分の大切にしたい真実が明確になり、奇跡としか思えないような出来事やシンクロニシティが続いて、新しい流れができた。
そして、自分の真実に属さない人・もの・こと・思想からは自然に距離ができてきた。
そして今、人生で一番、無責任に軽やかに生きているような気がする。
きっかけは15年続けている趣味の仏像作り。
仏師によって違うと思うけれど、私の仏像の作り方は「理想のゴールがあり、そこから逆算して、ビジョン通りに成型していく」スタイル。
私の人生と全く同じものだった。
ある時、仏像を創作する意欲がわかなくなって「心を鎮めて、土と向き合ってみよう」と思い立った。
心を鎮めて「答え」が顕れるのを待つ。
「時は金なり」を信条にしている、せっかちな私にとって、仏様の顔・形が顕れるまで、ただただ心を鎮めているだけの時間は、まさに「修行」そのもの。
たった1~2分が、30分に感じるくらいの長い時間。
その時間が過ぎ、本当に心が鎮まった瞬間・・・時間が止まり、場の空気が変わり、急に「わかった!」瞬間がやってきた。
「わかった!」を言葉にするのは難しいけれど、今、何を足して何を削ればいいのか?—何もないところに輪郭が浮き上がり、自然に手が動かされていく瞬間。
その瞬間から一気につくり上げた仏像は、今までつくってきたものとは違い、表情が豊かで、奥深く、「仏像の、その奥」を感じるものだった。
心が鎮まるのを待っていると、「答えの、その奥」も現れてくる。
それは短い時間で一瞬のものだけれど、それを感じ取ってあげると、自然に流れに導かれていくのだと思う。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?