見出し画像

保立道久教授「塩田公使は国賊」『老子』の内容を基に「辺野古が唯一の解決策」発言を批判

 沖縄県知事である玉城デニー先生の国連演説に対して、ジュネーブ国際機関日本政府代表部の塩田崇弘公使参事官が「答弁権」を行使し「辺野古移設工事を着実に進めることが唯一の解決策」と述べた件で、東京大学の保立道久名誉教授が塩田参事官を「国賊」であると「強い言葉で」批判した。

 保立教授は歴史学者として著名で、私は班田と散田の連続性に注目した保立教授の研究に注目しているが、今回の記事で注目したいのは、保立教授が引用した『老子』の一節。保立教授のnoteにおける読み下し文を引用する。

故(ゆえ)ありて曰く、道を為(おさ)むるの善は、民を明(めい)を以てせんとするに非(あら)ず。将(まさ)に之(これ)を愚を以ってせんとすなり。民の治まり難きは、その知を以てすればなり。故に知を以て国を治むるは国の賊なり。不知を以て国を治むるは国の徳(はたらき)なり。此の両(ふた)つを知るは亦(すなわ)ち式を稽(かんが)えるなり。

 保立教授の意図とはやや異なるが、私はこの一節を読んで、今の日本では政治に「知」を求めすぎではないか、と感じた。
 ここで言う「知」は「知略」のことであると思うが、知略が政治の本質であると、多くの国民が思っているのではないか。
 その裏返しとして、政府が何やら難しいことを言うと、その背後には良くも悪くも高級官僚や大物政治家による知略があるのだから、素人である国民が何を言っても無駄である、と言う諦めを抱くこともあるように感じる。
 原発でもそうだが、何やら難しいことを政府や有識者が言うと、それに対する反対は逆に「感情的な、ヒステリックな批判」として扱われ、そうした反対者を冷笑する空気すらある。
 実際には、政治家に「知」は不要である。もしも「知」があれば政治が上手くいくのであれば、科挙で選ばれた官僚による有司専制をすれば良いのだ。
 無論、私は官僚制の良い面もあることは承知しているが、今回の塩田参事官の発言は官僚制の悪い面が出ているだろう。
 彼は「政府としては、県民投票の結果を真摯に受け止め、日米間で合意された沖縄の基地負担軽減の早期実現に向け引き続き全力で取り組んでいく」という、何が言いたいのかよく判らないことを言って国民を煙に巻いている。素晴らしい「知略」だ。
 好意的に考えると、彼自身自分の言い分が苦しいことを自覚しており、ただ「仕事だから」誰かの命令で止むを得ず、煙に巻くような答弁をするしかなくなったのかも、知れない。無論、その「誰か」とは岸田政権だ。
 そうだとすると、これは官僚制の弊害と言うよりも、政治家たちが「知を以て国を治むる」人間となっている、ということを示すのだろう。国民を「知」で抑え込んで上手くいくのであれば、今頃中国は皇帝専制のまま世界を征服していたのだが。

ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます。 拙い記事ではありますが、宜しければサポートをよろしくお願いします。 いただいたサポートは「日本SRGM連盟」「日本アニマルライツ連盟」の運営や「生命尊重の社会実現」のための活動費とさせていただきます。