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「民主的正統性」と言う幻想

 偶に「民主的正統性」なる言葉を用いる人がいる。Twitterの検索窓でヒットするのみならず、CiNiiの検索窓でも相当数の論文が出てくることから、アカデミックの世界でも使われている用語のようである。
 この言葉は論者によって意味合いのニュアンスは若干異なるが、概ね「国民が政治家を選ぶこと」や「国民の意思によって政治が行われること」が政府の正統性の根拠の一つとなる、と言うような意味で用いられているようである。
 かつて自民党政権が日本学術会議において特定の議員の任命を拒否した際、「民主的正統性」を論拠にそれを肯定する評論家がいた。

 これは「政府には民主的正統性がある」と言うことを論拠に日本学術会議の人事への介入を正当化するものである。このような自民党政権の考え方を絶対民主主義と言い、立憲民主主義とは対立する思想である。
 さて、この「民主的正統性」の概念は国内問題以上に国際問題においてしばしば騒動を引き起こす。
 今や多くの国の政府が多かれ少なかれ、「民主的」な制度を導入している。中国も地方選挙レベルでは普通選挙を導入しているし、イスラム厳格主義国家のイランも国家議員や大統領は直接選挙で選ばれている。
 全く「民主的」な制度が無い数少ない国がサウジアラビアで、この国は絶対王政とも言うべき状態であるが、アメリカや日本はサウジアラビアの政府の正統性を認めている。つまり、民主的正統性が無くても政府の正統性は他ならぬ自由民主主義諸国から承認されているのである。
 国際社会において(究極的には国内においても)政府の存在やその行為の正統性に「民主的であるかどうか」は一切問われない。むしろ「民主的正統性」なる珍妙な概念は、正統性の無い行為を正統であるかのように装うためのロジックであることが少なくない。
 国内政治においては日本学術会議の例があるが、国際社会においてはもっと血生臭いロジックが「民主的正統性」と言う言葉にはある。
 古くはナポレオンが国民投票で皇帝に選ばれたことがある。皇帝は正統性なく名乗れる称号ではないが、ナポレオンはそれを「民主的」にやってしまった。無論諸外国はそんなものを認めない。「自分たちの王様よりもナポレオンの方が偉い?ふざけるな!」と思った諸国民も多かったであろうが、ナポレオンは武力で諸外国の反発を抑えつけた。
 ここ最近の間にも「民主的正統性」の暴走は数知れない。
 いわゆる「アラブの春」では、例えばリビアではまだカダフィ政権が存続している時から欧米は「民主化勢力」を支援し、さらに事実上の軍事介入まで行った。その結果、リビアのように内戦前は政情が安定にしていたのに却って泥沼の内戦に陥った国もある。
 ロシアはクリミア併合の際に「住民投票」を正当化の論拠とした。無論、民意など何の正統性の根拠にもならないのは、ナポレオンの皇帝即位と一緒である。
 カタルーニャも住民投票で独立を決めようとしたが、9割以上の住民が独立を支持したのに潰されたし、国際社会もカタルーニャ独立の正統性を認めなかった。「民主的正統性」を本気で支持している頭の弱い人間はカタルーニャ独立を承認するように日本政府へ陳情すればよい。そうして一笑に付されることで「現実」と言うものを学べるであろう。
 しかし、私が気になっているのは中国問題である。
 中華人民共和国によるチベットや東トルキスタン、南モンゴル、満洲の領有には何ら正統性が無い。だが、これは「歴史的正統性」や「民族自決」の話であって「民主的正統性」とは無関係である。
 仮にチベット民族の過半数が中国への帰属を望んだとしても、チベットが中国の一部と言うことにはならない。カタルーニャ独立が出来ないのと同じ理由である。
 そしてさらに問題があるのが、同じ漢民族の地域である香港の民主化勢力を欧米が支援していることである。
 チベット問題とは異なり、香港は明白に中国の一部である。少なくともイギリスは明確に香港を中国へ返還したから、国際法上香港が中国の一部であることは疑いようがない。
 香港が中国の一部である以上、そこで中国政府が合法的に行っている行為は、全て正当化されないとおかしい。
 さらにねじれているのが台湾問題である。
 日本もアメリカも中華人民共和国を中国唯一の正統政府であると承認している。つまり、「台北政府」(自称「中華民国」)は中国の正統政府ではない。
 従って仮に「台湾は中国の一部」であるならば台湾は中華人民共和国の一部であって「台北政府」に台湾を統治する正統性は無い。さらに「台湾は中国の一部ではない」としても「台北政府」が「中華民国」の看板を掲げている以上、「台北政府」に台湾を統治する正統性は無い。
 つまり、台湾が中国の一部であるか、否か、に関わらず「台北政府」に台湾を統治する正統性は皆無なのである。
 最近、これについても妙なことを言い出す人が出てきた。
 曰く、「台北政府」は台湾住民が民主的に選んでいるから、名称は「中華民国」でも実質的には「台湾の政府」なのだという。だから「台北政府」には台湾統治の正統性がある、等と言い出すものがいる。
 だが、それは台湾住民が(正確には、彼らが投票で選んだ政治家が)「中華民国」と言う既に亡んだ国を僭称しているだけに過ぎない。
 しかも台湾では国名を「中華民国にするか、台湾にするか」の住民投票は一度も行われておらず、またそもそも日本が中華民国に台湾を割譲した事実は無いため、「中華民国」の国号は蒋介石が押し付けた暴力の産物である。
 そして、仮に「台北政府」が『中華民国憲法』を『台湾共和国憲法』に改正したとしても、それは「中華民国による台湾支配」の正統性を引き継いだ形での台湾独立と言う事だから、「台湾が中国から独立する」と言う形式になり、カタルーニャ独立の場合と同様にそれに正統性があるかどうかは、仮にカタルーニャのように9割以上の住民が支持していても、別問題である。
 事実、アメリカも日本も台湾独立を支持したことは一度もないし、また、今後も無いであろう。特にアメリカにとっては「台湾が中国の一部であるであるからこそ」敢えて「台北政府」を支持している気配がある。つまり、香港の民主化勢力支援と同じである。
 要するに欧米としては本当は中国本土への内政に干渉したいのであろうが、それが物理的に困難であるため、一応「中国の一部」と言うことになっている台湾と香港の民主化勢力を支援することで中国政府にゆさぶりをかけているのであろう。なお台湾同様香港にも独立勢力は存在しているが、香港独立派は欧米の支援を受けていない。もしも香港が本当に独立してしまったら欧米としては困るだろうから、欧米が香港独立を承認することは絶対にないであろう。
 つまり、香港問題も台湾問題も欧米からしたら「中国内部の民主化勢力を支援している」と言う事なのである。これはチベット問題やウイグル問題、内モンゴル問題でも同様であろう。
 しかし、それは内政干渉に繋がることでもある。一度「他国の内部の民主化勢力の支援をしても良い」と言う国際的な同意が出来てしまうと、今度はサウジアラビア民主化勢力をする国が殺到して欧米からサウジアラビアの石油利権を奪おうとするだろう。
 そもそも欧米自身が「民主的正統性」など本気で信じていないから、「台北政府」よりも民主的な度合いの低い中華人民共和国を正統な政府としているのである。つまり、彼らは自分たちの支持する民主化勢力が正統では無いことなど、百も承知だ。
 「民主的正統性」など、幻想なのである。


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