「元アルカイダ」が反体制派の中枢になったシリア内戦の現状
最近、シリア内戦がニュースで大きく扱われることは、あまりありません。しかし、日本では平成から令和に代わっても、シリアの内戦は続いています。
私はシリア内戦の状況についてできる限り海外のメディアにも目を通しウォッチしてきました。
今回、現在のシリアの状況について背景も含めて改めてまとめて見ます。
「ダーイシュ政府」(自称「イスラム国」)の残党はまだ健在
まず、日本では壊滅しているように思われる「ダーイシュ政府」(自称「イスラム国」)ですが、確かに今は「政府」や「国家」と言われるほどの実態はないものの、まだまだ健在です。
6月10日にはシリアのヒムス県タドムル市郊外でダーイシュとシリア軍とが交戦しています。
タドムル市というと、かつてダーイシュが世界文化遺産のベル神殿を破壊した場所です。
この件について、ダーイシュは「ベル神殿の破壊はイスラムの教えに基づくものである」と主張し、日本や欧米のメディアもダーイシュの主張をほぼそのまま報道しました。
中には「イスラムでは偶像崇拝は禁止されている」とテレビでしたり顔でいう学者もいました。しかし、これまでにタドムルを支配したムスリムの権力者でベル神殿を破壊した人はいないので、そうした解説は明らかに間違いです。
詳しくは後述しますが、ダーイシュは一般のムスリムとは異なる教義を持っている集団です。そのことを理解しないと、どうしてダーイシュが中々完全に滅びないのか、理解できません。
日本の例でいうとオウム真理教も一般の仏教徒とは違った協議を持った集団であり、そしてオウムの後継団体は今も活動しています。武力で制圧されても完全には消滅しないのが、宗教的な結社なのです。
6月12日にはダーイシュのスリーパーセル(民間人の振りをした構成員)が摘発されています。彼らは宗教的信念をもって自分の行為が正しいと思い込んでいるので、民間人と一緒になって生活しながらもダーイシュの進行を捨てずに活動しているのです。
トルコ軍の停戦監視所をシリア軍が攻撃
さて、6月12日にはシリアのイドリブ県に展開しているトルコ軍の停戦監視所をシリア軍が攻撃しました。
もっとも、ロシア側は逆にシリアの反体制派がトルコ軍を攻撃したと主張しています。
ロシアや中国はシリア政府と親しいので、シリア軍に有利な報道を行います。ただ、ロシア側の主張も全くあり得ない話ではありません。
実は、シリア反体制派の主流派軍事組織「シャーム解放戦線」は国際テロ組織・アルカイダ系の武装組織なのです。
日本では「シリア政府=悪」「反体制派=善」という報道が一時期行われていましたので、これを聞くと驚かれる方も少なくないと思います。
逆に、最近マスコミはシリア情勢についてほとんど解説していませんから、シャーム解放戦線の名前自体はじめて聞いた、そもそもシリアでどうして内戦が起きているのか判らない、という人もいるでしょう。
ダーイシュ関連の問題については私がかつて書いたブログ記事「基礎知識なしで判るダーイッシュ事変(自称「イスラム国」問題)」も参照してください。
ここからは、アルカイダとの関係を中心にシリア内戦の思想的背景と現状とを解説していきます。
シリアで有力な3つの勢力
まず、現在のシリアで有力な3つの勢力を紹介します。
・シリア政府(アサド政権)
・シャーム解放戦線
・シリア民主軍
それぞれの勢力には外国のバックがついています。
まず、シリア政府(アサド政権)はロシアや中国がついています。背景には、アサド政権が社会主義政権であることがあります。
次に、シャーム解放戦線はトルコが支援しています。もっとも、シャーム解放戦線とトルコ政府の思想には違いもあります。
最後に、シリア民主軍はアメリカが協力しています。しかしながら、これはあくまで軍事的な協力であって、政治的にはあまり連携していません。
さらに、一時期は有力だった自由シリア軍の残党を始めとする弱小組織が沢山います。ダーイシュも今ではすっかり弱小組織の一員ですが、しぶとく生き残っています。
正確な離合集散の情報は中々入りませんが、恐らく弱小組織も含めると20は軽く超える武装組織が存在していると思われます。
どうしてこうなったのか、それは宗教の違いや民族の違いが複雑にかかわっています。
シリア政府のアサド大統領はアラウィ―派の信徒
今のシリアの最大与党はバアヌ党という政党です。この政党は「アラブ社会主義」を掲げるイスラム社会主義政党です。
イスラム社会主義は共産主義とは異なり、宗教を容認しイスラムの教えに基づく社会主義国家樹立を目指します。しかし、政策面では類似点も多く、今のシリアのアサド政権もシリア・バアヌ党とシリア共産党を含む政党の連立政権です。
このシリア・バアヌ党を主導しているのがアラウィ―派というイスラム教の一派の信徒です。もっとも、アラウィ―派がイスラム教の枠内に分類できるかは諸説あります。
イスラム教の多数派は輪廻転生を認めていませんが、アラウィ―派は輪廻転生を認めています。さらに、女性には魂がないといった特殊な教義も持っているため、アラウィ―派をイスラム教とは認めないムスリムも多いのです。
また、教義は信者以外には教えないことや、信者であることを他者に隠すといった性質もあるため、一種の秘密結社的な部分があります。とは言え、シリア人の1割がこのアラウィ―派の信徒であり、近代化して以降はかなりの数の信徒が世俗化して一般人と同じように暮らしています。
というよりも、自分の信仰を公にしないため却って近代社会での世俗生活に慣れやすいという側面も持っています。宗教否定の共産主義者と組めるのも、アラウィ―派の性質が関係しているのかもしれません。
アサド大統領は少数派であるアラウィ―派の信徒ですが、自分の信仰をあまり強調しないことで幅広い勢力の支持を受け権力を得ることができたのです。(ちなみに、アサド大統領は二人いて、今のアサド大統領は前の大統領の息子のアサド2世です。)
アラウィ―派を敵視するワッハーブ派
さて、このアラウィ―派を超敵視する一派がいます。それがワッハーブ派です。
ワッハーブ派の源流はハンバル学派というスンナ派(多数派)のイスラム教の中の学派です。ハンバル派は『コーラン』を厳格に解釈することを主張していました。
イスラム教は同じ宗派でも様々な学派に分かれています。ただし、同じスンナ派であれば別の学派であっても排斥しないのが原則です。(もっとも、学派によって「スンナ派」の定義は異なりますが。)
しかし、ハンバル派はスンナ派以外のイスラム教には厳しい傾向にありました。中でも厳しいことで有名なイブン・タイミーヤは「アラウィ―派を罰することはムスリムの義務」とまで言うなど、かなり激しくアラウィ―派を否定しています。
そのイブン・タイミーヤの思想をさらに過激にしたのがワッハーブ派です。
このワッハーブ派は伝統的なハンブル学派よりも過激でした。
例えば、ワッハーブ派では「背教者は死刑にするべきである」と主張します。しかも、「仮にムスリムの義務(五行)を守っていても、堕落した信仰を持っているものは殺しても良い」と考えているのです。
既に述べたようにイスラム教では多くの学派が共存していました。ユダヤ教やキリスト教のような異教徒とも共存するのが多数派であり、仏教やヒンドゥー教との共存を主張する人たちもいたほどです。
あのイブン・タイミーヤでさえ、ムスリムの義務を守っている人間に「不信心者」のレッテルを貼ることは禁止していましたが、ワッハーブ派は自分たちに賛同しない人たちに「不信心」「背教」のレッテルを貼り、場合によっては彼らを殺すことすら正当化していました。
さらには、ワッハーブ派はイスラム教の伝統的な聖者廟や遺跡も破壊しました。
過激化するイスラム厳格主義の背景にイギリスの工作
既に述べたように、現在ダーイシュが行っているようなパル神殿の破壊等は本来のイスラムの考えではありません。
よく「イスラムは偶像崇拝を否定する」と言われていますが、「崇拝」と「崇敬」は全く異なるものです。
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます。 拙い記事ではありますが、宜しければサポートをよろしくお願いします。 いただいたサポートは「日本SRGM連盟」「日本アニマルライツ連盟」の運営や「生命尊重の社会実現」のための活動費とさせていただきます。