【洋画】「バルタザールどこへ行く」
ロベール・ブレッソン監督・脚本の「バルタザールどこへ行く(Au Hasard Balthazar) 」(1966年、フランス・スウェーデン)。
バルタザールと名前を付けられた一頭のロバ。このロバが何かをするってわけじゃないけど、ロバの周りで人間たちが起こす日常の様々な出来事を描いた作品。
ある村の教師の娘マリーと農園主の息子ジャックは、生まれたばかりのロバに“バルタザール”と名前を付けて可愛がる。
ジャックが引っ越すことになって、バルタザールは捨てられる。
10年が経って、鍛冶屋でコキ使われてたバルタザールは逃げ出しすが、逃げたところが美しく成長したマリーもいるジャック家の農園だった。
マリーとジャック、マリーに好意を寄せる不良のジェラール、ジェラールがイジメる浮浪者の男…バルタザールの周りにいる人間たちの様々。
台詞が少なく、わざと動きがぎこちなかったり(演者は素人)、場面で見せるようなモノクロ映像が続く。美しい映像だと思うけど、退屈な展開。
最後、バルタザールは、ジェラールたちの争いに巻き込まれてケガを負い、彷徨った挙句に山で山羊に囲まれて死ぬ。
ドストエフスキーの小説がモチーフというが、多分、キリスト教の贖罪を表しているのだろうか?
常に人間の側にいるけど、可愛がられても、イジメられても、ロバだから何かを主張するでもなく、ただ一身に引き受ける。そして、人間たちの醜い争いの犠牲となって野垂れ死ぬ。黒い眼だけが何かを訴えているようであり、人間の一方的な想いでしかないけど、とても優しく哀しく見える。
バルタザールの周りは欲や打算のために罪を犯す人間ばかり。その罪を背負ってバルタザールは天に召されたということか?
人間は元々、罪深き存在なのだよ。欲がある限り罪がなくなることはない。罪があるからこそ人間なのだ。欲のない“神”に近付こうと努力はするけどね。本来、キリスト教はそういうことを教えるために興ったのではないか?
決して難解ではないが、何とも重苦しい映画だった。