津山事件

記憶に残る1938(昭和13)年の今日は「津山事件」の日。都井睦雄事件である。

筑波氏の本を片手に、岡山県津山市加茂町行重貝尾集落の現地を見て回ったのは、阪神大震災が起こる前日だった。

京アニ放火事件が起こる2019(令和元)年までは、日本における最大の大量殺人事件(30人)であった。

多くの小説や映画などの材料になってきたこの事件は、結核を患ったことで、徴兵検査に落ちて、村の女たちにも関係を拒否された(夜這いの風習があったとされる)、優秀だった村の青年が、引きこもりに近い無為な生活を強いられる中、一方的な不満や恨みを募らせて、ついに“暴発”に至ったのである。

日本的な因習やしきたりが全てを支配する村の社会の中で、個人の負の感情が最大限に引き出された結果、30名という大量の死者を出す事態となったわけである。

俺は昔からこの事件に多大な興味を持ち、多くの文献を読み、映画も観て、現地を訪ねた。なぜ興味を持ったのか?
多分、そこに民俗学の材料を見て、押さえ付けられてきた個人の「業」の深さと恐ろしさを知ったからである。

「もはや夜明けも近づいた、死にましょう」by 都井睦雄


脳出血により右片麻痺の二級身体障害者となりました。なんでも書きます。よろしくお願いします。