文化・伝統とはなんぞ?
一年を通じていろいろなイベントがある。周りの人たちに教わって唯々その通りに会わせてきた。今は交流が少なくそのようなことに触れることもほとんど無いが、おかげで見てくることもあった。よく考えてみればどうしてこのような行事が広まったのか考えたこともなかった。最近は常識とは何ぞと思うことが多く偶々目にした本を読んでみることにした。
ざっと目を通した感想だが改めて伝統とは何だろうと考える。あくまで本で紹介されていた範囲にはなるけれどざっくりと言って明治頃から始まったものが多い。元になった物はその前からの継承だけれど今に生きる時代の人が伝統と思っていたものはどうもそのからの物が多いようだ。江戸から明治へ変わる時代というと150年くらい。肯定的に見れば続けていることはある意味その地域で受け入れられているということで良いことではある。どの国にも言えるが古くからある特に宗教と関わりのあるような物については伝統・文化として格式の高いものと思われてしまうが、この本を読んでみると首をかしげたくなるところも…。何を信じるのかはその人次第、自分もそれまでは楽しめれば良いとそのまま受け入れてきたのだから人のことは言えまい。
やはりTVの影響は大きい。時代劇などに影響され作り話と分かっていても細かい作法や風習、食べ物などまでは気がつかず「そんなもの」と捉えてしまう。年間のイベント商品も今までTVに影響されて購入していた物の数々。いつから豆まきが巻き寿司を食べる日になったのか?男女の交際が少なくなると今度は友チョコなるものが登場するバレンタインデー。同類でお世話になった方への贈り物から自家消費に変わるお歳暮。ハロウィーンのお祭りもいつの間に定着したのやら。まあ要するに商売。
この本では「武士道」についての言及もあった。自分も「武士道」についてはどちらかと言えば肯定的に受け止めていたが、この本では逆の立場に読み取れる。武士道なんて本当にあったのだろうか?また神社仏閣などが絡む場合どうしても格式高いものと捉えてしまうが、経緯をみると発祥は古くても現代の形式になってからはそれほどでもない。
伝統工芸品も紹介された例では海外から渡ってきた物をヒントにして作り、そしてまた海外へ渡って同じようにしている。コラボというべきか?いろいろな文化か混じって面白いのだが「伝統工芸」のイメージからは遠のく。今は効率化の流れて作れるところで作り流通してしまう。聞かせてもらった話だが大阪へ行ったとき、お土産やにあったたこ焼き器を購入しようとラベルをみたら生産場所が新潟県三条市だったとのこと。便利な世の中とはこーゆーものか?なんか味気ないなー。
伝統文化を否定するつもりはない。続けて守っていくのは大変な苦労を伴う。自分の生涯を犠牲にしているのだから。ただ今は疲弊も感じる。伝統だから続けるのか?また若者達が新しい事を始める妨げになっていないのか考えてほしい。
参考資料
「日本の伝統」の正体
藤井青銅 (著)
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