ウィリアム・トレヴァー個人的短篇傑作選
・はじめに
ウィリアム・トレヴァーといえば、チェーホフと比べられるほどの短篇小説の名手です。
トレヴァーの作品には、読む価値がないものはひとつもない、といっても過言ではないでしょうが、個人的に好きな作品を列挙していきたいと思います。
・作品
・「パラダイスラウンジ」
なんといっても対比構造が綺麗です。ここまでエモーショナルで宝石のような対比構造と、それを破綻なく完璧に書き上げてしまうトレヴァーの手腕には驚かざるを得ませんし、読み終わったあとに訪れる深い余韻が素晴らしいです。結局のところ不倫のお話ではあるのですが、アイルランドという土地が持つ固有性も現れています。
・「版画家」
まず、小説を書く技術の巧みさに目がいきます。現在形と過去形を使いわけ、現在視点と過去の回想を並行して書き上げていますが、読者は混乱することなくスムーズに物語に没入できます。
また、物語の骨子は、主人公の女性をとらえて離さない過去の恋愛であり、プラトニックな男女の心の交わりです。しかも、それは言葉にも行動にも移されることはなかったものですが、それが主人公の心を一生支えていくであろうことが容易に想像できます(まぁいってしまえばそのような不倫のお話なのですが……)。
・「ローズは泣いた」
これは、とある家庭教師の男性の妻の不貞を生徒である少女の視点からとらえた作品です。物語の最後にその少女であるローズが泣いた理由、それが読者の心に残ります。ある意味で人間心理の残酷なお話ですが、登場人物すべてから等距離を保つトレヴァーならではの作品ではないでしょうか。
・「マティルダのイングランド」
三篇の短篇からなる連作中篇(といっても60ページほどだったと記憶しています)です。このページ数で、これだけひとりの人間の人生を濃密に、かつ悲しく描き切るのはさすがの一言。主人公は偏執的で、自らいばらの道を進んでいるようなものですが、それでもその人物の心情に読者が深く入り込んでしまえる物語作りはトレヴァーならではでしょう。
・「ミス・スミス」
トレヴァーによる「厭な物語」といえば、私はこれをあげます。人の持つ残酷さがこれでもかと出ており、誰が作中で被害者なのか容易には判断できませんが、読後どんよりとした気分になります。
・「ダンス教師の音楽」
はたからみれば些細なことが、ある人にとって一生の印象に残る出来事だった、ということを真正面から描いています。メイドの女性をとらえた「ダンス教師の音楽」というものがどういうものであったか、ということにも関心がいきますね。
・「トラモアへ新婚旅行」
これもアイルランドという土地特有のお話ではないでしょうか。やるせなく、読後に気分が明るくなるような物語では決してないですが、一読の価値はあります。「新婚旅行」の目的とは? そしてその結婚が持っていた意味とは? 思いを巡らせる価値がある作品です。
・おわりに
はじめにも書いた通り、トレヴァーは読む価値のない作品を一篇も書いていない、と私は考えていますので、未読の方はどこから読まれてもその作品のクオリティに感心するとは思いますが、特にこの短篇が好きだよ、ということでこの記事を書いてみました。
ほかにも素晴らしい作品はたくさんありますが、キリがないのでこれくらいで。