「ゼロにはたどり着かない」 〜分数概念の難しさ〜
よく巷では「小3プロブレム」という問題が取り上げられる。実際には子どもの発達のスピードによって、小3だったり、小2だったり、そもそも「プロブレム」のない人間なんてないのではないか、と思ったり色々だが、
その中で学年を問わず、一貫して子どもたちが困難さを感じるのは「分数」である。分数はなぜこうも難しいのだろうか。それを科学的に研究した論文が、
Carol L. Smith, Gregg E.A. Solomon, Susan Carey (2005) Never getting to zero: Elementary school students’ understanding of the infinite divisibility of number and matter, Cognitive Psychology, Volume 51, Issue 2, Pages 101-140.
である。
概要はどんなものかというと、小学校3年ー6年までの子どもたちにインタビューをしたとき、有理数の概念に共通する回答の傾向があった。
1.「0と1の間に数が無限にあること」の理解と「数は無限に切り分けられること」の理解はつながっていること
2.「数が無限に切り分けられること」の理解は、「分数」の理解とつながっていること
3.「数が無限に切り分けられること」の理解は「物質が無限に切り分けられること」の理解とつながっていること
この3つがわかったのだ。
では、順を追って分数の概念的難しさについて考えていこう。
子どもたちはPrior Knowledge(既有知識、すでに持っている知識)として、自然数概念を3年生になるまでに備えている。
自然数概念とは、「もの」と「数」が一対一対応をしているということ、数えることのできる数を意味している。実は0に関しても子どもたちの獲得は難しく注意が必要だ。0は数字としては「ある」のだが、「ない」ものを示しているためだ。
それとは反対に、分数の概念は有理数の概念である。有理数は分数で表現することのできる数のことを意味している。
それぞれの概念を対応させて考えていくとこの様になる。
自然数の概念と有理数の概念の間には大きなギャップがある。上記にあげた4つの事柄のうち、もっともイメージがつきやすく、馴染みもあるのは一番下のものだろう。
自然数では、「1,2,3,4,5,6」と、数が増えていけばその数が示している量は大きくなっていく。
しかし、有理数では「1,1/2,1/3,1/4,1/5,1/6」と、自然数と同じ規則性で考えると、数が増えていっているが、分母が増えていっているので、量は小さくなっていく。
ここが最も概念的にギャップがあり、著者の一人であるSusan Careyが提唱する「概念変化」を必要とするのだ。
概念変化には下の3つのキーワードが提示されている。
1.Bootstrapping Process
2.Inductive Projection
3.Anomaly
以上の3つである。
1.Bootstrapping Process
Bootstrapとは、靴のかかとに付いている「つまみ紐」のことである。
靴をはくときにこのつまみ紐がまず引っ張られ、そして、靴を履くことから、何かを学ぶときの「手がかり」を元にして、概念を獲得するというアプローチである。
今回の分数概念の獲得においては、取っ掛かりとして「物体」を使っている。特に「数の無限分割性」が物体に対する概念と対応しており、かつ分数概念の獲得のための鍵となるため、物体を実際に切り分けたりする実験を通じて分数の概念を学んでいく。
2.Inductive Projection
これらのBootstrapping Processをつくりだすためには「Inductive Projection」が必要である。ここだけ書いているとルー大柴みたいだが、簡単に言えば「子どもが気づくように幾つかの事例を目の前に提示し、そこから規則性を見出させる」ということだ。
例えば、発泡スチロールを切る実験を繰り返していけば、何度も何度も半分にし続けたとしても、発泡スチロールがなくならないことはやっているうちに理解することができる。このプロセスを経ていくことで、規則性を見つけ出す体験を設計することができる。
3.Anomaly
Anomalyは、「普通でないこと」つまり、「違和感」のことである。
Inductive Projectionで規則性を見出しているうちに、いつの間にか、自分がもともと持っている知識、Prior Knowledgeとは全く違ったものであることに「自ら気づく」
Anomalyを気づいた瞬間に頭の中の知識が一気に再構成されて、パラダイムシフトともいえる「概念変化」が起こるのだ。
しかし、概念変化はそう簡単に起こらない。人類の長い歴史を見てもそうだ。もともと持っている知識に注意をしつつ、何がBootstrapか見極め、Inductive Projectionを設計し、Anomalyを感じるような学びの流れを作る。
実は私が学生時代、認知心理学の門を叩いたとき教授に勧められ最初に読み大きな衝撃を受け、今でも胸に刻まれているのがこの論文だ。
修士時代にした思い込みの研究もこのPrior Knowledgeを克服するためのInductive Projectionを探究したものであり、探究型学習もこの概念変化を起こしていくための取り組みであることに今更ながら気づいた。