ママのお説教。
娘がママに叱られた。原因は晩ごはんのことだった。
「これ、おいしくない! 不味い!」
娘の目の前には小さくカットされたカボチャの甘酢和え。肉団子と玉ねぎ、パプリカなどの夏野菜を甘塩っぱい黒酢餡で和えたおかずだ。その中で娘が唯一食べられる野菜がカボチャだった。
娘はカボチャが大好きだ。
いつもお弁当などでは、マッシュしてマヨネーズで和えたカボチャサラダをご所望する。
そのサラダをまあるく形作ってパン粉をまぶして、コロッケ風にしたものも大好き。
スーパーで買い物をしていても、「カボチャ買ってー!」と自分から言ってきて、美味しそうなものを一生懸命選別する。
その娘が、目にいっぱいの涙を溜め、ふるふると震えながら「不味い!」と言い放っている。
妻はその言葉にカチンときた。
「あのね、何が美味しくて何が美味しくないかはあなたの自由だから、嫌いなら嫌いでいいよ。無理に食べなとも言わない。だけど、パパがせっかく作ってくれたのに、そういう言い方はママ嫌な気持ちになる」
「...」
「だって、パパはわたしやあなたのために一生懸命考えて作ってくれてるんだよ。それなのに、そんな風に『不味い』なんて言われたら、悲しくなると思わない?」
娘は目を潤ませながら、カボチャを睨みつけている。
今日ほどカボチャを憎く思ったこともなかっただろう。
ぼくも、言わなきゃと思いつつも、妻の勢いに圧倒されて何も言うことができなかった。
妻は、例え娘であったとしても、僕が作った物を邪険にされるのが許せなかったのだ。
それは、好みの問題ではなくて、礼儀やマナー、そして相手への敬意の問題。
「わかる? パパはあなたがカボチャなら美味しく食べてくれるかなって、きっとそう思いながら作ってくれたんだよ。好きじゃなくてもいいし、食べられなくてもいいけど、言い方はちゃんと考えようね。作ってくれた人への『ありがとう』の気持ちは忘れちゃダメ」
娘もゆっくりうなずいた。
きっと、妻の言わんとしたことを理解したのだろう。
ぼくも、妻がそう思っていてくれていることが嬉しかった。そして、それを言葉にして娘に伝えてくれていることも、同じくらい嬉しかった。
妻の言ってくれていることは正しい。作った人への感謝の気持は、忘れてはいけない。
「ママはこれ大好き! 美味しかったからあっという間に食べちゃった。それじゃあ、その残したカボチャ、ママにちょうだい!」
妻は明るく笑顔でそう言うと、娘からカボチャをもらって美味しそうに食べた。
しょんぼりしている娘。ぼくへの感謝の気持を惜しみなく伝えてくれた妻。ぼくはずっと黙ってふたりの話を聞いていたが、そろそろ自分が言うべき順番が来たと思った。
この話は、カボチャの話であると同時にぼくの話でもあるのだ。
だからぼくは、勇気を持って口を開いた。
「このカボチャ、買ってきたお惣菜なんだ」
「あらやだ! そうだったの!? 恥ずかし!」
啞然とする娘。恥ずかしそうに顔を覆い隠す妻。
それでもぼくは、妻の言葉がとても嬉しかった。
では、また明日。