舞台メディスン兵庫公演を観終わって変化した私の感想📝
東京公演を観た時、舞台メディスンの世界はジョンの頭の中の物語で、長期に渡る薬や精神的な病気のためジョンが創り出した現実と妄想が曖昧な世界なのかなと思っていました。
そしてジョンのことは庇護してあげたくて…
ひたすら可哀想で…
少しでもジョンに救いがありますように…と願わずにはいられませんでした。
ですが兵庫公演初日の舞台を観た後、ハッとすることがありました。
それを書く前に不条理劇についての予備知識を書かせてください。
舞台メディスンが不条理劇だということで事前に勉強した時、不条理劇で有名な『犀(サイ)』というお話があることを知りました。
それは主人公以外の人間がだんだん🦏に変わっていくというお話で、最初は🦏なんてと言っていたのにラスト直前には周りは全て🦏になり、男性2人と女性1人の3人だけが人間という状態になります。
その内の主人公(男性)と女性がお互い惹かれあっている事が分かり、実はもう1人の男性もその女性が好きだったので意気消沈して🦏の群れに入って行き🦏になります。ついに人間は残された2人だけ。最初は2人で生きていこう!子孫を残そう!と話しているのですがだんだん女性の様子がおかしくなっていきます。どんどん犀に魅せられて、ついには🦏になってしまいます。
世界に1人残された主人公もなんとか自分も🦏になろうと試みますがなれません。
そして部屋の壁に無数の犀の角が突き刺さり。銃をかまえる主人公…
というお話なのですが、この物語(の奥底に)は『流行(ファッション)』についての皮肉が描かれているのだそうです。
最初はそんな変な格好して!と言われたり、思われていても、流行していると分かると人々はだんだん真似をして同じような格好をしていく。
終演後、観客が辺りを見回すと自分と同じような格好をしている人ばかりいることに気が付いてゾッとするという舞台だと。
この犀のように不条理演劇は、感想も(目で見た)そのままの話にそってなくて全然オッケーということなのです。
舞台メディスンの感想に戻ります。
始まる前のインタビューで白井さんが体感する舞台になると仰っていました。
始まりの時も体感して欲しいからわざと劇場内の電気も消さずに入口もあけて、ザワザワさせていると。(通常の舞台のように観客は見えない壁を通して舞台を観ているのではなく(※客観的ではなく)舞台と客席を一体にしたいのかなと)
そして、他の舞台って今まで本当に不思議に思っていたのですが、途中でアドリブがどんなに長くなっても、どんなにハプニングがあろうとも絶対に終演時間ピッタリに終わっていたんです。(もしも命のマリオTIMEなど不思議で仕方なかった)
それが舞台メディスンは東京公演初日からどんどん早くなって。(100分→95分、兵庫では90分くらいの時も…)
シアタートラムで観たあの日から、待って待って待ち続けた兵庫公演。私は東京公演を見てるけど地方公演が初めてという方も沢山いたと思います。
といっても再び観るまで私は1ヶ月ちょっと。静岡公演が初めての方達は約2ヶ月。
ジョンなんて1年間待ってたんですもんね…(そりゃ大切な時間を片付けに使わされたりしたら思わず文句も言っちゃいますよね…)
初日からどんどん早くなっていく終演時間。
他の舞台よりあっさりしたカーテンコール。
(本気で思ってる訳じゃないけど)次になんか違う仕事でも入ってるの?劇場使用料が分刻みなの?とか寂しくなってちょい拗ねたりして。
そしてハッとしました。
これってまさにジョンの気持ちやん…
と。
サッサと終わらせて子供パーティに行くんじゃないかと疑っていたジョン。
メアリーにいれるだけいて欲しかったジョン…
圭くんのおかげでありがたいことに私は自分と家族が元気で何も起こらなければ7月20日にまた大好きな人に会える約束を貰えてるけど、ジョンはまた1年後…
しかも次はメアリーが来てくれるかどうかも分からない…(来てくれる可能性の方が少なそう)
ジョン…
服も(私も他の方達もきっと)特別な日(観劇する日)の為にいっぱい悩んで探して迷って迷って選んだ服。ジョンも大切そうに抱えて持って来たのに着替える時間も貰えずにパジャマのままで辛かっただろうな…
ジョンがちっこいノートにいっぱい書いていた届くことのない愛の詩。
どんなに書いても『読んでくれてるかも』という妄想の域を超えないファンメールみたいで。
小さなブースから振り向いて俳優さんが来てくれてると気付いて輝く笑顔のジョンの顔が忘れられない。
東京公演でひたすら可哀想で庇護してあげたいと思っていたジョン(思ってなかったけど、これってなんだか上から目線)は私自身だったんだと…
そしてメアリーとメアリー②が圭くん(憧れの俳優さん)だったんだなと。
(俳優さんによってメアリー②とメアリーの割合は違いそうですが…)
『メディスン=推し』
なのかな?と。
(海外にも推しの概念があるのかどうかは分かりませんがw熱心な俳優ファンはどこの世界にでもいるんじゃないのかな?)
そして兵庫公演を終えて暫くして(基本的な部分は変わってないけど)また少し考えが変わりました。
ジョンの書いていた愛の詩は誰かに伝えようとして書いている(ファンメール)というより、ただただ愛を何回も何回も書き連ねているSNSの呟きみたいだなと。
あの病院みたいな場所って誰かの頭の中じゃなくて一般的に閉鎖的と思われてるSNSの世界なんじゃないのかな?と。
リアムみたいに自分が正義と信じて疑ってなくて言葉という暴力を振るってる人、おるやんと。
私は『田中圭(推し)』という癒しのメディスンにどっぷり浸かって気が付けばまる6年(7年目)!(信じられない!! 笑)
あっという間に(SNSの中の自分の感覚は変わらないまま)、現実世界の自分は老人のジョンみたいになってそう…(こわ…w)
「僕(私)はどれくらいここにいるんだろう…」とかリアルに言うてそう(笑)
まあ一般的なSNSのイメージと違って(1人で壁打ちしてる訳じゃないし)既に周りはリア友よりリア友だし、この沼から抜けたいとも思ってないけど(笑)いっぱい幸せ貰ってるしね♡
でももしこれが(この気持ちにさせるのが)本当に白井さんの狙いなら………
怖…(笑)
どうかジョンが、私も含め推しがいる全ての方達が、1分でも1秒でも長く、大好きな人と一緒にいることが出来ますように…
追記
メアリーの「私達の目的はなんなの?メアリー!??不規則な生活!不安定な仕事!こんなミュージカルの公演のTシャツなんか着ちゃって!(Tシャツ脱ぎ捨て)私達が最後に実生活で経験したような何かを感じたのはいつ?!ほんとの感情を感じたのはいつ!!??」
というセリフとヤギと大悟で圭くんが言っていた
『自分、田中圭でいるより役でいる方が長いんすよ、人生』
って笑いながら大悟さんに言ってた言葉もちょっとリンクしたな…
(メアリーと違って、圭くんは結婚してお子さんもいるけどね)