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ミステリー小説『大海は「普通に」謎を解く』一話・ネタバレ製造機はミステリードラマの同時鑑賞を拒否された
「大海さんとミステリードラマはもう観ませんっ!」
音ノ瀬家に滞在する一員である、大阪出身の美青年・蝶野芳江に悲鳴を上げるように宣言された時、宣言された当人である音ノ瀬大海はきょとん、とした。
小首を傾げて考えてみるが、芳江にそんな血を吐くみたいな悲愴な勢いで、ミステリードラマ視聴を拒否される理由が彼には理解出来ない。
「どうしてだい?」
解らないので、素直に理由を訊いてみる。
「ドラマ開始から数分で犯人、事件のあらましまで言い当てられるからです、こっちのドキドキハラハラの緊張感かて台無しやっ。ネタバレ製造機と一緒にミステリー観賞する程、俺は酔狂な男やあらへんよって!」
「……ごめんよ。それは僕が悪かった。普通は判ると思う時点で、つい言ってしまうものだから」
殊勝に詫びて釈明すると、芳江から両肩をがっしと掴まれた。
芳江は杖術を得手とするので握力も強く、掴まれた肩が少し痛い。顔面に迫る華やかな美貌は、大海の息子である隼太とはまた異なる趣で非常に整っている。
「大海さんの〝普通〟は、普通とちゃいますで……っ」
「……そうなんだ?」
「そら言うたかて、こと様も聖様も劉鳴さんも、……てか今、この家におるごく少数を除いたらみんな判ってはるんですよ! 犯人やら何やら! こわあてかなわん話やけど! 真夏の納涼大会かっ!? せやかて、こと様たちは俺ら〝判らん組〟を気遣うて口を噤んでくれてはるんです。大海さんはそこをあっけらかんとズバズバ言わはりますよって、こと様たちの気遣いまで台無しになってますねやっ」
「――――――――そうなんだ。ごめんね」
大海は、それはすまないことをしていたとまた素直に思い、繰り返し芳江に謝った。
大海と隼太は父子ということもあり、音ノ瀬家でも広めの一室を二人で使うよう、宛がわれている。
師走の他人行儀な空模様が大きな硝子窓の向こうにいた。室内は暖房が入っているので寒くない。大海の愛息子・隼太は暖かい室内においても、紫陽花色のコートを着たままデスクトップの画面を見ている。
うちの息子は人より機械と対面してる時間のほうが長いんじゃないだろうか。
大海は時折そのように思い、父親らしく気を揉んだりもする。
隼太が纏う紫陽花色を見ると、自分の昔日の罪を突きつけられている気分にもなる。
大海は罪を犯した。
亡くして絶望して狂い地獄に堕ちた。
今はよろめく足取りで贖罪の日々を送っている。息子が四六時中、手放そうとしない紫陽花色のコートは、嘗て大海がまだ幼かった頃の隼太にお守りだと言って着せかけた品である。
――――――――そう。お守り。
自分は父親として、守るべき時に無力な息子を守らなかった。
最愛の妻を亡くした悲嘆に暮れて放置した。
大海の胸に消えぬ咎人の烙印が押された。
大海の外見は禁呪の影響で実年齢より若く見えて、三十代の男性といったところだ。
やがて自分の寿命が尽きるまで、大海は息子である隼太を命を賭して守り続ける積りでいる。
「蝶野芳江が?」
「うん」
「ふうん」
キーボードを打ち続ける息子の横顔に、先程の芳江との遣り取りを伝えると、息子らしい極めて乾いた反応があった。ほぼ無反応と言い換えることも出来る。
「どうかな、隼太。僕は普通のことしか言ってないんだけど」
めげずに意見を求めると、隼太のタイピングが停止した。
ゆっくり大海に向き直る息子の綺麗な造作の顔に、大海は亡き愛妻である磨理の面影を見て取り、嬉しいような悲しいような感情が胸に湧く。
「聴いた限り、蝶野芳江の言い分は正しい。大海。お前がIQを測るテストを受け、その結果を見たじいさんが唖然としてたと話していただろう」
「うん」
「それは常人よりはるかに高い数値だったからだ。こういう、客観的な言い方のほうがお前には伝わりやすいだろう」
噛み砕いた物言いは、確かに大海にもよく伝わった。
だがやはり、内容に釈然としないものを感じる。
「常人って言われてもさ。うちは大体がみんな、頭はそれなりに良いだろう。隼太。お前のIQも高い数値を示すと僕は思うよ。お前はとても頭が切れる。親の贔屓目なしに、ずば抜けて優秀な人間だ。それは、この家にいる他の人たちも認めるよ」
隼太が物憂い吐息を落とす。
彼が情を抱く相手はごく少ない。大海相手でなければ、早々に話を打ち切り作業再開している。
大海にとって、隼太が掛け替えない大切な息子であるのと同様、隼太にとって大海はやはり掛け替えない、唯一人の彼の父親なのだ。
大海が自分に負い目を感じていることは知っているがその必要はない、と合理的な思考の主である隼太は思っている。
絶望して狂いながら、自分を死に物狂いで守ろうとする大海は、隼太にとって十二分に〝父親〟だった。
強い自責の念に駆られる大海だが、彼がいなければ隼太も恐らく、ここまで生きては来られなかっただろう。
「俺は常識の枠に収まる範囲の優秀な人間だ。せいぜいが、じいさんと良い勝負だ」
「隼太は父さんとは比較にならない。父さんなんかよりもずっと優秀だよ」
「……比較対象が不可能な現状、俺にはその点についてこれ以上、何とも言えんが。大海。お前は違う。常識の枠など、端からない。ぶち抜けている。お前は世間で言うところの天才だ。だから、天才の普通を他者にまで押し付けるのはやめておけ」
「――――僕は天才なんかじゃない。普通の凡人だよ、隼太」
隼太が二度目の嘆息を洩らした。
「普通の凡人は子供時分にヴェトナム戦争の背景や安保闘争の内容を理解したりなどしない」
「……そうなのかい」
「彼我の違いはよく自覚しとけ。そこの無自覚はお前の悪癖だ。面倒だから、この話題はもう切るぞ。俺は忙しい」
「うん。あ、ねえ、隼太」
「何だ」
デスクトップとの逢引きの続きに耽ろうとした息子に、大海は再度、呼び掛ける。億劫そうな目線が向けられた。応じたコトノハにはうんざりした思いが籠められている。
「僕がその、人より物事が解る人間だとして。それで何か役に立つこととかってあるかな。お前のサポートの他に」
隼太の双眸が思案するように宙をゆっくり通る。
「探偵稼業でも始めたらどうだ?」
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半ば投げ遣りな息子の勧めを聴いた大海は、それも一興かもしれない、と思った。
探偵という響きには、いくつになっても童心をくすぐる憧れめいた響きがある。
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今後は記事の収益化も視野に入れての公開も、検討したいと思います。私含め他の方たちにとっても、発信・公開についてどうする事が最善であるか。
試行錯誤の最中です。
試しに有料化した記事はこれまでに一つだけ。『薄青い空は』という読み切り短編のみとなります。ほぼほぼ売れてないです。
そちらは置きまして。
ルビ振りはなるべく心掛けますが、それでも「読めないからもっと振り仮名が欲しい」等、ご希望がございましたらお気軽にコメント欄に置いてください。読みやすくなるよう改善して行きたいです。
または「この件について詳しく知りたい」等。
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配慮は必要不可欠です。