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空言
こんな時でも空が青いって思うんだな。
と僕は妙に感心した。座っているベンチの座面に手を置いた。一瞬ヒヤッとしたが、すぐに小春日和の日差しの…ほんのりとした暖かさを感じた。
もう死ぬのに。死のうと思ってここに来たのに。やっぱり空を見て、いつものように青いって思うんだな。
ここは職場から徒歩5分のビルの屋上で、無料開放されている。 知る人ぞ知る場所で、昔から知っていたおじいちゃんの散歩コースだったり、近所のOLが一人でベンチでお昼を食べたりしている。 数ヶ月前からフェンスの一部を工事していて、なおのこと、ここに来る人は少なくなった。
僕も出勤途中に「屋上無料開放」と書いてある小さな看板を見つけなかったら来なかった。 見つけてもしばらくは忘れてて、どれくらいたっただろうか?ふと思い立って訪れたのだ。
初めて屋上に出て見た時、小さい頃、家族に連れて行ってもらった屋上遊園地の雰囲気に似ていると思った。植木とベンチとそれだけなのだが。 屋上から見上げる空はみんな同じに見えるのかな…なんて思った。
僕はコピーライターで、煮詰まるとここに来ていた。
そう。 まさに今も煮詰まっている。僕に。人生に。
数ヶ月前、僕宛に一通の手紙が来た。 とても丁寧に書かれた手書きのものだった。見知らぬ名前に訝しがりながら、手紙を取り出して読み始めた。僕の時間は止まった。僕の美容整形のキャッチコピーを読んだ息子さんが、整形手術を受けて別人になってしまったこと。その費用の捻出で安易に消費者金融からお金を借りて、人生が狂ってしまったことが書いてあった。 僕のせいだと。
上司や同僚は、僕のせいではないし、当てつけで言いがかりだと。
でも僕は。僕のコピーで消費を促すのは事実で。暗い道への一歩を踏み出させたのは事実だと。 また僕を特定できたということから、他にもそんな思いをさせた人がいるんじゃないか?僕を恨んでいる人がいるんじゃないか?そう思ったら、怖くなってしまったのだ。人目を避けるようになった。
何よりも僕がこの仕事をやりたいと思ったのは、自分の言葉で人を楽しませたいと思ったからだ。仕事だから、そんなことばかりは言ってられないけれど。でも、それに反していることが、重かった。
「孝治、行ってらっしゃい。」と母が初出勤の日の朝、僕に声をかけてくれたことを思い出した。
さて、そろそろ行くか。フェンスの向こうへ。
とベンチを立った時に人の気配を感じて、振り返った。一人の男性が僕を凝視して、言葉を放った。
「こうじ、いけ!!こうじ、いけ!!」
右手に持った誘導棒を力いっぱい振りかざす方向を見ると、そこは階下へ行く扉だった。
「ごめんなさいね、驚かしちゃって。この人、障害があるから。突然に大声出して。びっくりしたでしょ。工事中だから、誘導するように言われてて。今から工事を再開するので、あちらへ行っていただけますかね。」と見覚えのあるジャンバーを羽織った別な男性が声をかけて来た。
先程の男性は、踵を返し持ち場へと「工事、行け。」と呟きながら進んで行った。そのジャンパーの背中に書かれた文字に僕は目を見張った。 そこには「光へ。進め!」と書いてあった。 僕に話しかけて来た男性の胸元を見ると、見慣れた警備会社のネームがあった。
これは僕のコピーだ。
僕の目から涙が溢れた。
僕は足を進めた。シルバーの把手が光る扉へと。光の方へ一歩、また一歩と歩みを進めた。
僕の言葉で僕は救われた。
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