共依存の夫が急逝した①
以前、こちらの記事で紹介した相互依存のご夫婦の夫が急逝した。
夫の姿が数分見えないだけで「パパどこ行った?」と落ち着かなくなる妻は、この後どうなるのか。
このご夫婦のキーパーソンである長男が、先月県外に転居し、両親も近くのホームに呼びたいという事で、近々転居が決まっていたというのが前提にある。
ホームの生活では夫は自立していて、車椅子の妻を介護していた。夫婦は介護スタッフを頼る気持ちはなく、自分達で全てをやろうとしていた。
ベッドから車椅子への移乗をしようとして、支えきれずに一緒に転倒することもしばしばあり、「この生活は地獄だ。」と夫が冗談のように洩らす事も。
時には「これ美味しいんだよね。」と一緒に自販機でお気に入りの桃ジュースを買ったり、ベランダに出て車椅子を押している姿も見られ、仲睦まじさも感じられた。
そんな平穏な日々だったが、翳りが見え始める。
数週間前から少しずつ夫に異変が見られるようになった。歩行が不安定になり、転倒するようになったのだ。特に夜間に多く、後から聞いても何があったか覚えていないという。
ある日、検温をしたところ酸素飽和度が80%台まで下がっている事が発覚。すぐに酸素吸入が開始され、近くの総合病院へ向かった。
病院からは「心臓と腎臓の機能がかなり落ちていて老衰の域です、治療するかどうか話し合ってまた来てください。」と施設に帰された。
その件を長男に伝えて、考えてもらっている数日間で病状は悪化して、同じ病院へ救急搬送する事となった。
そして数日後、残念なことに逝去されたと病院から連絡が入った。
認知症のある妻は、夫が救急搬送されて行く様子を見てはいたが、記憶力や理解力が追いつかず混乱し不穏状態が続いた。(長男の希望で、夫が逝去された事はとりあえず妻には伏せられていた)
「パパどこ行った?」
「みんな殺されちゃうから、私がなんとかしないといけない。」
と思い詰めた表情で、廊下に並ぶ全ての居室ドアを開けて中を確認し始めた。せん妄状態なのか、焦燥感や不安や恐怖にとらわれているように見えた。
車椅子を足で漕いで器用に巡回する。昼夜問わず。
同じフロアの入居者たちも混乱した。突然部屋に押し入って来て、「早く逃げなさい!」とか「あなたは悪い人だから、あっちに行って!」と詰め寄ってくるのだから。
夫婦で入居した場合、周りの入居者やスタッフとコミュニケーションを積極的にとらない場合が多い。夫婦でコミュニティが完結されているので、必要性を感じないのだろう。この夫婦もそうだった。夫を亡くした時、妻には話し相手が誰もいない状況だった。
車椅子でウロウロする姿を見て、
「コイツのせいで一睡も出来なかった。夜中に急に入ってくるからぶっ叩いてやろうかと思った。」
「こんなに迷惑をかけてるのに、スタッフはなんで何もしてくれないの。私、事務所に言って来ようかしら。」
同じフロアの入居者の中には憤る人が多かった。当たり前だけど優しい人ばかりではないし、その人自身にも認知症や心配事があったりして、人を思いやる余裕がないのだ。
そして入居者同士で不満をを言い合いながら、なぜか別の喧嘩が始まったりして、ますますカオス状態に...
そんな中、ある男性入居者が傾聴してなだめてくれる場面があった。スタッフはその男性の優しい一面に心を打たれたが、同じフロアの一部入居者は「もう新しい彼氏ができた。」とやっかんだ。
数日後、葬儀の日を迎える。
続く