京都ストーリー『愛と公平の京旅行』…3
《愛と公平の京旅行》…3
⑩*東映太秦映画村
助監督「はァーい、本番!
皆さんしばらくの間お静かに
お願いしまーす!」
監督 「ヨォイ!…スタァートッ!」
カチンコの音が響き、ある屋敷の塀沿いの
道を美しい娘が駆けて来る。どうやら数人
のヤクザ風の男たちに追われている様子。
とそこへ、一人の若侍が通りかかる。
娘 「あっ、お侍様、お助けください」
ヤクザ「て、てめエ!
じゃまだてしやがるとタダじゃ
おかねエぞ!」
侍 「ほう…。やれるものなら、
やってみるがよい」
ヤクザ「チッ、やっちまえ!」
ヤクザどもが構えると、若侍は抜刀し
峰を返す。やがて激しい立ち回り。
だが、たちまちのうちにヤクザどもは、
全員見事に打ち倒される。
侍 「峰打ちだ。
とっとと消えるがよい」
ヤクザ「痛テテ…。
クソッ、やりやがったなァ。
てめエ、一体何者なんでエ!!」
侍 「拙者が何者でもよかろう。
おぬしらに名乗る名ななど…ない、
あっゴメン。セリフ咬んじゃった」
監督 「カァーット!」
静かに固唾を飲んで見ていたギャラリーの
間に、笑いとどよめきが起こる。
助監督「ハイ、NGです。
もっぺん最初からいきまーす」
侍 「名乗る名・な・ど・ない…か。
ハイすいませんでした。
助監督「ハーイ、続いてホンバーン!」
愛 「へーえ、
時代劇ってこんなふうに映画村で
撮影してるんだァ。あたし初めて
見たァ」
公平「ああ、この映画村がオープンセット
になってて、江戸の町なんかの外の
シーンはここで撮って、で、家の中
のシーンなんかはこの隣にある撮影所
のセットの中で撮影するんだよ」
愛 「ふーん」
公平「オープンセットは立ち回りの時なんか
土埃がすごいだろ。だからああして
直前にスタッフが軽く水撒いたりする
んだよ」
愛 「へーえ。ねぇ、でもこんなにお客さん
がいて、本番の時誰かがしゃべったり
して声が入ったりしないの?」
助監督「ハイ本番です。そこ、お静かに!」
愛 「あっ…ごめんなさい。おこられちゃ
った(笑)」
公平「しーっ(笑)」
声 「アレッ? 公平やないか」
公平「オゥ、滝ちゃん!」
滝 「久しぶりやなァ。どや、東京は?」
公平「ああ、ま、何とかやってるよ」
滝 「そうか。…カノジョ?」
公平「ああ(照笑)まァ…ネ」
愛 「あ、鈴木愛です」
滝 「滝亮介言います。よろしく」
助監督「滝ちゃん! 本番!」
滝 「あっ、すんませーん。はは、ヤバァ。
そや、時間、あるんやろ?
ミルクホールでも行こか」
公平「おゥ」
⑪*ミルクホール(映画村内)
女給「いらっしゃいませェ」
公平「いやァ、
ちっとも変わってないなァ、この店」
愛 「明治時代の喫茶店?」
公平「そう。オープン撮影の時の役者の
たまり場」
女給「滝さん、何にします?」
滝 「あ、コーヒー…で、エエか?」
公平「おゥ」
愛 「はい」
滝 「三つなー」
女給「はーい。スリーホットォ」
公平「しかし、相変わらずがんばってるな、
殺られ役」
滝 「おゥ、命かけとるわ」
公平「アレ? 滝ちゃん出番は、
もういいのか?」
滝 「今日はもう何べんも死んどるさかい、
目立ってもてなァ。
俺は今日はしまいや」
公平「大活躍だなァ」
愛 「あ、そう言えば、テレビで見たこと
ある、この顔」
滝 「ハハ、ほな今度死ぬ時、カメラに
向かって、アンタにウインクして
死にますワ」
愛 「えーっ、本当? ぜひぜひっ」
公平「滝ちゃんはね、
今京都で一番カッコ良く死ぬ役者
なんだよ、俺が抜けてからは」
滝 「オオ? 言うてくれるやないか
(笑)。でもまァ、せやな。公平も
あの頃、なかなかキレとったもん
なァ」
愛 「へーえ、そんなにカッコ良かったん
ですか、コーヘイ」
滝 「ああ、動きは抜群やし、
表情もエグいくらいにキマっとった
し…。ただ、バック転だけはイマイチ
やったけどな」
公平「ああ、バック転なー。
あれはちょっと苦手だったなー」
滝 「そういやホラ、いつか嵐山の中州の
太鼓橋から斬られて落ちた時、公平、
カットがかかってもなかなか浮き上が
って来いひんかったことあったな」
公平「ああ、衣装の紐が水中の杭に引っかか
って、上がろうにも上がれなかった
ってやつなー」
愛 「えーっ、ウッソォ!」
滝 「ホンマに死んだのかて思たで(笑)」
公平「(笑)いや、今だから笑ってられるけど、
必死だったんだからあン時は」
愛 「イヤーっ、
そんな危ない仕事してたの?」
滝 「オイオイ、彼女ベソかいとるがな。
惚れられてんなァ、公平」
公平「いやあ、いくら何でももうあんな
ことは出来ないよ。そうだ、今度から
危ないシーンがある時は、滝ちゃんに
吹き替え頼むよ」
愛 「よろしくお願いします」
滝 「お、これは断れんなァ。
おう、まかしといてんか(笑)。
それはそうと、公平、
美也子さんには会うたんか?」
公平「あ、ああ」
滝 「お前が上京してから彼女、
ごっつう落ち込んどったで。
そやけどなかなか強い人や。
店ではしっかり元気一杯や。
けど、そのギャップがなんや
切ない感じやったなァ。
最近は彼女の店にもあんまり行かん
ようなったからあれやけど、
元気やったか?」
公平「ああ、元気だったよ。店と子育てで、
相変わらず忙しそうだったけど」
滝 「そうか。…アレ? あーしもた、俺、
マズイ話してもたかな…?」
愛 「あ、いえ、あたしなら別に、大丈夫
です。へへっ、そんなの昔のことだし」
公平「…愛」
滝 「エエ子やなァ。
公平、この子は放したらアカンぞ」
公平「言われなくても、そのつもりだよ」
愛 「…もう、コーヘイったらァ…」
滝 「おぉお、あっついなァホンマにもォ」
彼女は、公平の旧友、滝と出会い、その会話
の中に公平の過去を垣間見ることが、何か
嬉しくもあり、また、切なくもあった。
この旅で初めて恋人のような関係になった
ばかりだというのに、彼女は、こんなにも
彼への思いが深く強くなっているのか…と
感じていた。
⑫*太秦大映通り
公平「これが大映通り。この辺には東映、
松竹、大映と撮影所が三つあって、
よく時代劇のカッコした役者さんが、
お昼なんか食べに出歩いてることが
あるんだよ」
愛 「へーえ、この辺?
なんかおもしろーい。
今いないかなァ…」
公平「さァ、どうだろ」
愛 「ねぇ、コーヘイもそんなカッコで
歩いてたの?」
公平「いちいち着替えてられないからしょー
がなくね。あと、仕事やトレーニング
の合間にしょっちゅう仲間とたまり場
にしてた喫茶店でダベってたなァ」
愛 「へえ、どこそのお店? 今もある?」
公平「あるんじゃないかな。
〈ミストラル〉っていうパン屋さん。
馬蹄形のカウンターがある店だったん
だけど…、もうちょい先だよ」
愛 「バテーケー?」
公平「馬の蹄(ひづめ)の形。U字型ってこと」
愛 「ああ、なるほどね。へーえ。
でもコーヘイがパン屋さんをたまり場
にしてたなんてなんかカワイイ!
ねえ、行ってみよ、そのお店」
公平「いいよ。でもさっきミルクホールで
飲んで、また?」
愛 「うん、大丈夫。あたしパン食べたい。
ね、行こ行こ?」
公平「オッケーわかったわかった…ハハッ、
だから、押すなって…(笑)」
⑬*ミストラル(大映通り)
店員「いらっしゃいませー」
愛 「わあ、明るいお店ねー」
公平「うーん、昔のまんまだァ、
店の人は代わったようだけど」
愛 「ねぇねぇ、
かわいいパンがいっぱいあるー。
どれにしよっかなー。
ねえ、コーヘイも食べるでしょ?」
公平「あ? じゃあ、一個。
キミの好みの選んでくれる?」
愛 「OK。あっ、これおいしそう!」
公平が、昔指定席にしていた席に座ると、
不意にその胸に懐かしさがこみ上げて来た。
今にも奥から、笑顔の美也子が出てきそうな
錯覚を覚えた。
そう、ここは彼のかつての恋人、美也子が
働いていた店だったのだ。
あの頃、この店に入り浸り、他の客がいなく
なって二人きりになると、よく仕事の話や
プライベートな話をしたものだった。
当時は、撮影所に籍があるだけで、間違い
なく仕事は入って来た。しかし彼は、仕事は
もちろん好きだったが、来る仕事をこなす
だけの毎日に物足りなさを感じ、悶々とした
日々を送っていた。
若かったからこそ、見る夢も大きく、夢と
現実のギャップもやはり大きく、ともすれば
グチっぽい話すら、美也子に聞いてもらって
いた。そして彼女は、いつも優しく包み込む
ように、彼の話を聞いてくれるのだった。
美也子も、夢を語った。小さくてもいい、
自分の店を出す…。お客さんに自分の料理と
美味しいコーヒーを提供する店を。
そして彼女は今、それを実現している。
公平は、ため息とは違う大きな息をひとつ
吐いた。
愛 「どうしたの、コーヘイ? 物思い?」
公平「ん? あ、いや、
これからどこ行こうかって思ってさ」
愛 「あっ、あたし…、
ね、明日東京に帰るでしょ?」
公平「ああ」
愛 「あたし、最後にもう一度、
渡月橋渡ってみたいな」
公平「え?」
愛 「ホラ、京都へ来た最初の日行った時、
教えてくれたでしょ?
恋人同士で渡月橋を渡ると、その
カップルは別れちゃう…ってウワサ」
公平「ああ、よく覚えてたね」
愛 「あたし、挑戦したいんだ。
あたしたちは絶対別れないゾって。
あたし、なんか自信あるし、
コーヘイのことずーっと好きでいられ
るって…。それにあそこの景色とか
雰囲気、な~んか好き!
それと、その近くにあるんでしょ?
滝さんが言ってた、昔コーヘイが溺れ
かけた、太鼓橋?」
公平「あれは溺れかけたんじゃなく…」
愛 「そこも見てみたーい! ね、行こ?」
公平「(笑)よしっ、行こう、渡月橋!」
愛 「わい、やったァ。ね、こっから近いん
でしょ? ほら、地図見ると…」
公平「ああ、でも歩くとちょっとあるから、
嵐電で行こうか。帷子ノ辻っていう
駅から終点の嵐山まで。そしたらすぐ
渡月橋だし」
愛 「ああ、あの江ノ電みたいなヤツ?」
公平「そ」
愛 「じゃ、その前に腹ごしらえ。
ねえコーヘイ、このパンも食べて。
あたし買い過ぎちゃった」
公平「しょーがねーなァ。愛が太ったら、
また転んだ時おんぶするの大変だし、
食べてやるか」
愛 「あ~ん、それ言いっこなしィ(笑)」
公平「(笑)」
そして二人は仲良く夕暮れの渡月橋を渡った。
「迷信なんかブッ飛ばしてやる!」…と、
無邪気に笑う愛を見て、公平はますます
元気が湧いて来た。「もちろん俺だって、
愛を放すもんか」…と思った。
仕事仲間だった滝や、かつての恋人美也子
との再会も、彼の心に、夢と前に進む力を
蘇らせてくれた。彼らと出会えて良かった。
そして、愛と出会えて…。
愛と二人の京旅行は、公平にとって、
人生の新たなスタートとなった。
… おわり