借りモノの言葉が馴染んでいく瞬間
どうも、高尾トンビです!
本やブログを読んだり、人の話を聞いたり、何かを体験・経験して、自分の中に新しい視点、考え方、知識などが入ってくることをそのまま書き出したり、人に話したりすると、いかにも覚えたてで「人から借りてきた言葉」のような感じがしませんか?
自分の言葉ではなく、なんか言わされている感じ。
そういうのって、人にバカにされたりするんじゃないか?とか。すごくカッコ悪いことなんじゃないか?と。
それでもアウトプットすべき理由
それでも、僕はアウトプットをすべきだと思います。
なぜなら、言葉は使わないと自分のものにはならないからです。
アウトプットしてなんぼです。
決して使いたくない言葉ならともかく、気に入ったとか、共感したというのであれば、覚えたての言葉は積極的に使うべきだと思います。
そもそも言葉は、伝承されてきたもの
そもそも、「言語」というものは、先人から代々伝わっているものです。
言語を通してコミュニケーションをとってきたからこそ、考える能力が進み人間は進化して社会も発達してきたのです。
そこを否定することは一種の自己矛盾を含むことになります。
車輪の再発明
「車輪を再発明する」という表現がありますが、「車輪」という既に素晴らしいものがあるにも関わらず、あえて同じようなことを一から作ろうとするくらいなら、既にある車輪を活用して、別のものを生み出した方が良い。
誰かが考え抜いて生み出したアウトプットは、素晴らしいものであれば、それはどんどん活用して、別のアウトプットを生み出すべきです。
使っていれば馴染んでくる
借りモノの言葉も恥ずかしがらずに使っていると、そのうち自分のものになってきます。いつのまにか、「あれ?そもそもこの考えってなんの本に書いていたんだっけ?」という感じになります。
そして、自分でも全く気にならないくらい、言葉が自然に自分の考えのように馴染んできます。その段階になると、その言葉を受けて自分が新しい言葉を生み出したり、新しい考えを生み出せるようになります。
だから、僕は覚えたての言葉や知識もnoteでアウトプットするようにしています。
自分に馴染むように。そして、それが誰かに共感してもらえるとより嬉しいです。
では、また!