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メメント・モリ

メメント・モリという言葉を聞いた人は多いと思う。最近は同タイトルのスマホゲームが登場し、CMもよく見る。そこで、あらためて「メメント・モリ」について考えてみた。

メメント・モリ(memento mori)はラテン語であり、「死を想え」という意の有名な格言である。人はいつか死ぬもので、死は避けられないものだ。ローマ時代の文人たちは、そうした死を常に意識するために、机の上に髑髏を飾る習慣があったのだそうだ。だから、西洋絵画に髑髏が登場するのは珍しくないのである。

先日紹介した書籍「奴隷の哲学者エピクトテトス 人生の授業」では、死を体験できないものと説かれていた。

すべての人は、自らの死を、意識して体験できない。自らの生も、後に親から伝え聞いたものだろう。書籍では、自らの生と死を体験できないことを、映画にたとえている。

「上映が始まってからしばらくして映画館に入場し、途中から見始める。そうして終了直前に出ていく」

このフレーズに、非常に納得できるものだった。

われわれは、自分の子どもを産み育てることで自分の出生を想像し、親を看取ることで自分の終末を想像するしかないのである。

こうして、いつか死にゆくことを考える「メメント・モリ」に立ち返って考えれば、いたずらに欲望に振り回されたりするのは、本末転倒だろう。
自分の本当の望みや、人生で何を成し遂げたいのかを、改めて深く考えたいと思った。

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