
戯曲『グレーのない』雨と障害受容の話
『グレーのない』
八柳まごいち(とまりぎクリエーターズ)
登場人物
A 三十代女性
B 三十代男性
十五時半ごろ雨上がり、空いているカフェの奥の方の席。Aが席
に座り書面を見つめている。そこにBが入って来る
B ごめん遅くなって。
A 注文はそこのベル鳴らしてって。お冷はセルフ。
B あぁ。うん。
Bが席に座ろうとすると、Aが書面から目を離しBに目を向ける。
A なにその恰好。
B え?
A 半分だけ濡れてる。
B 雨がさ、
Bは見事に体の右側だけ濡れている。
A 降ってなかったけど
B それは僕が雨男で君が晴れ女っていう体質?っていうか
特性じゃないかな。
A なんでも特性のせいにしないの。
B 昔からいつも君が外に出ているときは晴れているよね。
君がカフェの中に入ったから雨が降ったんだよ全く。
A 遅れてくるのが悪いんでしょう。はい。
AがBにハンカチを渡す
B ありがとう。
A ハンカチくらい買いなさいよ。大人なんだから。
B ハンカチを無くさないような大人になれなかったの。
A にしても何、その濡れ方。半分だけ濡れてるって。
B あぁ、高速道路沿いの道を自転車で来たんだけどさ。
丁度、半分だけ雨が掛かるの。
A そんなにキレイ半分に分かれる?そういうデザインの服みたい。
B 僕もビックリだよ。右半身だけ強烈な雨。
雨雲の端の方ってグラデーションだと思ってたんだけどさ。
A グラデーション?
B 雨雲の真ん中らへんの灰色の濃い部分の下は雨が強くて、
色の薄い灰色の部分の下は、ポタポタと降ってる感じ?
A はぁ。
B でも今日の雨は強く降っているところと晴れているところが
クッキリ分かれていて境界線が入ってたんだ。
A 雨の度合いとか降り方にもよるんじゃない?
B あ、店員さん。注文聴きに来ないね。お冷もおしぼりもないし。
A 本当に何も聴いてないよね。相変わらず。
B え?
A ほらっ(セルフの台に目を向け)
B あぁ、言ってた?
A うん。
B (Aの空気感を読まず)で、晴翔くんテスト受けたんだっけ。
A そう。その話で相談があって。
B なんで僕に。旦那に相談すれば?
A わかっているでしょ。理解してくれそうなのは、
あんた以外に思いつかなかったの。
B で、結果は?
A 70を越えなかった。
B 平均が?晴翔くん面白いところ沢山あるし沢山しゃべれるし、
どこかは越えてるんじゃない?
A 4科目とも全部越えなかった。
B WISC?ってことは軽度の知的に・・・
A 沢山、療育と早期教育の教室とか沢山いかせて頑張ってきたの。
診断結果も変わるんじゃないかって、
でもいろんなところに診てもらっても超えないの。
今は定型発達の子と今は一緒に過ごせてはいるけれど、
明確な線が確かにそこにあるの。
B あ、うん。水とってきていい?
A ちゃんと聞いてる?
B あのさ。僕は発達さんで知的さんではないから
何か聞かれてもわからないよ。
A 細かい事情は分からなくてもさ、
ちょっとでも通じるところはあるでしょう。
こういうこと詳しいし。
B まぁ、人よりは。
A 少しでも何か共感してくれる人が欲しいの。わかってよ。
B 僕にそんなことを求められても。努力はするけれど。
A 努力ねぇ・・・。
Aはため息を吐き力が抜ける。
A はぁ。どうすれば治るかなぁ。
B 治すとかそういうのじゃないよ。
A 学生のー、まぁ、付き合っていたとき、
どれだけ私があんたのことを変えようとしても
変わらなかったもんね。でも晴翔は。
B ちゃんと、目線を合わせて、
晴翔くんのことわかろうとしたら。
A 晴翔のことをわかるために病院に行ったり、
習い事とか療育に行かせたりしてるの。
送り迎えも大変で。最近は家に帰ったら全然じっとしてくれなくて。
B ストレスなんじゃないの。
毎日、色んなところに連れていかれて、
よくわからないテスト受けさせられて。
A じゃぁ、どうすればいいの?
B あのね。僕は発達で比較的グレーで、
それなりに普通のふりはできるけれど、晴翔くんは多分、
こっからハッキリできないとがでてくると思う。でもねっ
A 少し前にさ。家で過ごしてたら急に強い雨が降ってきて、
そしたらあの子、突然、家から飛び出したの。
で、傘もささずに楽しそうに雨の中はしゃいで。
「濡れるから戻ってきなさい」「車来るから危ないよ」って
何度も止めたんだけど全然、止まらないの。
こんなことが続いたら、風邪ひく程度ならまだしも、
いつか何か事故に合うんじゃないかって心配で心配で。
でも、どうしたらいいのかわからなくて。
B そうだね。君は晴れ女だから、
雨の降る世界をまだ知らなくて、雨に降られる僕の事を、
ましてや雨の好きな晴翔くんを見て、
ビックリしてしまったと思うんだ。
でも、傘をさせば隣を歩けるし、雨の音、変わる景色、
飛び出さなくても楽しみ方を見つけることができると思うんだ。
A でも、私、あの子のことも特性のことも何もわかってあげられない。
B 僕もわからないよ。
年中、空を晴らしてしまう特性の人の気持ちなんて。
わからなくていい。
それでも寄り添うことはできるよ。
おわり
作者 八柳まごいち
とまりぎクリエーターズ代表。脚本・作詞・プロデューサー。
中学校・通信制高校の教員を経て、現在は放課後等デイサービスの児発管として発達特性や不登校の子どもたちの支援を行う。
取材を軸とした舞台脚本の製作に当事者や福祉・教育関係者から定評があり、原作・企画として携わった映画『絆王子と無限の一歩』は映画祭での受賞・上映を重ね海外上映を果たし、不登校を学ぶ研修会等にも利用される。
代表作に
『絆王子と無限の一歩』『ヒバリは巣立っても、』『桜峠千景旅団』『祭里万幻花火』等
〇過去記事
絆王子を作ったきっかけ
とまりぎクリエーターズ公式サイト