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[空想]シン仮想美術館とネオ・キュレーター 3/4

新人「そうっスね。ナビと云うより、ガイド。どっちかというと、そのガイドのほうが主役になりそうっスね」

部長「補助的なロボットではなく、冒険の世界に、むしろ強引にひっぱり出してくれる、ワイルドなガイドか……」

新人「それなら、最高っス。一見すると乱暴そうで強引で、でも本当はやさしくて、いろんなことを見通して行動している。一緒に旅をしているうちに、それがわかってくる……」

部長「いいじゃないか」

新人「願望だけなら、誰でも云えますって」

部長「キャラを作ってみるか……。今は、美術館のしがないガイドだけど、実は、その正体は…… みたいな」

新人「そういうことを考えるのは愉しいスよ。でも、このキャラの肝心なところは、アートにめちゃめちゃ詳しくて、その場その場で、スパっと謎を解いてピンチを脱するところでしょ。そこは専門家の領域で、我々ではどうにもならないっス」

部長「…………」

新人「誰か、監修してくれる専門家のアテがありますか? そこらへんの院生とか拾ってきたら、そのクオリティになっちゃいますよ」

部長「いや、それなら、うってつけの人物がいる」

新人「飲み屋で知り合ったヘンなおじさんとかじゃないでしょうね?」

部長「いや、知り合ったのはネットだ」

新人「もっと、怪しいじゃないスか! 身元ははっきりしているんスか?」

部長「いや、わかってるのはヨーロッパで美術の研究をしているということと、ハンドルネームだけだ」

新人「マジっすか!」

部長「今のは、否定の『マジ』か?」

新人「呆れてるんっス」

部長「美術の研究者なのに、語り口が抜群におもしろいんだ。あれは、たぶん天性のセンスだな。アートの本質についての嗅覚があるんだ。彼は間違いなく逸材だ。肩書きなんかわからなくとも、わたしの目に狂いはない!」

新人「部長の目だけが頼りか……」

部長「心配か?」

新人「そりゃあ、そうっしょ」

部長「安心したまえ。周囲の反対を押し切ってもキミを採用したのは私だ」

新人「…………」

部長「今は情報時代で、その気になればいくらでも情報を集めることが出来るが、逆に言えば、情報の洪水で溺れかねん。むしろ、必要なのはピンポイントで示してくれる専門家だろう。違うか?」

新人「部長の云いたいことはわかりますけど、その研究者って、アートをどんな風に語ってくれるんスか? それがわからないと、オレとしては何とも云えないっス」

部長「そりゃあそうだ。悪かった。そうだな……。
 デュシャンの『泉』という作品は知ってるか?」

新人「例の『便器』っスか?」

部長「そうだ。あの『便器』について、彼は…… 彼の名はArt.noteというんだが、Art.note氏は、こんなふうに云うんだ。
 あれは、『スベったんです』 とな」

新人「受けなかったということっスか?
 でも、現代美術の代表作になってるじゃないっスか?」

部長「彼に云わせれば、専門家たちがそういう誤解を与えているから、現代アートが難解になったそうだ。本当は、むしろものすごくわかりやすい話だったと」

新人「『便器』がアートだというのが、わかりやすいんっスか?」

部長「だから、スベったといったろ? デュシャンは『便器』をオチに使ったんだよ。落語とかのオチだな。つまり、前フリあってのオチだ。オチだけ聞かされても、おもしろくも何ともない」

新人「ち、ちょっと待って下さい。デュシャンはコメディアンでもあったんスか?」

部長「オチというのはたとえだ。デュシャンは文脈で表現していたんだよ」

新人「文脈?」

部長「たとえば、『結構』という言葉、単語だけ見せられても意味は特定出来ない。結構なお点前です、それで結構です、もう結構! などと、文脈で意味が決まるんだ」

新人「…………」

部長「一つの作品には、単語に比べて、はるかに多くの情報量があるが、しかし、それだって本来は孤立して存在しているわけではない。作者の人生もあれば、友人たちとの関係、ライバルの動向、社会情勢などさまざまなことが作品に影響している。中には作品の根幹に関わるようなこともある。それを知って作品をに接するのとそうでないのとでは、随分と印象が変わってくる。そう思わないか?」

新人「前フリがちゃんと伝わっていれば、『便器』はウケたということっスか?」

部長「その通りだ。デュシャンの『便器』が、スベったというのは、文脈と切り離されて出品されたからだ。誰もその深意を理解することができなかったんだ」

新人「そもそもデュシャンは、どうやってその『便器』の前フリを伝えようとしてたんです? 『便器』の横に、テープレコーダーでも置いて説明するつもりだったら、その主催者も意味がわからないということにはならなかったスよね?」

部長「デュシャンがやったのは、事前に噂を流すということだったんだ」

新人「は?」

部長「その時、デュシャンはアメリカに渡ってきたばかりだった。ところが当時のアメリカは、ヨーロッパよりもはるかに保守的だった。田舎だったんだな。だから、デュシャンがヨーロッパで高く評価されていることは知っていたが、感覚的には、どこがすごいのかわからん! だったわけだ。
 当然、デュシャンがどんな作品を発表しようと、オレたちは迎合なんかしないぞ。感じたままに批判してやる! そんな空気がだったんだよ」

新人「完全アウェイってやつっスね」

部長「デュシャンもそのことをよく察していた。というか、デュシャンはすでに現代アートには情報戦という一面があることをよく理解していた。
 多くのアーティストが、自分の表現したいものは何か? ということを追求してた時に、デュシャンは、どういう作品を発表すれば世間を驚かせることが出来るか、すでにそんな視点を持っていたんだ。
 だから、アメリカの不穏な空気を察して、次の作品は、こういうものらしぞ、という噂を流すことにしたんだよ」

新人「自分で自分の噂を流したんスか?」

部長「そうだ。人々の好奇心を煽ったんだな」

新人「げっ、炎上商法をやったんだ!」

部長「そういうことだ。しかも、炎上させておいて、その裏をかくつもりだった」

新人「それが、『便器』だったと?」

部長「そういうこと。しかし、噂は関係者の間では、そこそこ流れたが、世間で炎上するほどではなかった。というか、噂と作品を関連付けて考えるほど、当時の人々は進んでいなかったんだ」

新人「へえー、そんなことがあったんスね。当時の人どころか、今でもわからないでしょ。あ、でも、ビートルズの作品とかは、ファンの間で深読みがありましたね。そういうことっスか……」

部長「私だってArt.note氏の記事を読んで、はじめて理解出来たことだがね。あの『便器』は、いわば手品師のシルクハットなんだよ。マジックショーで花を出したり、ハトを飛び立たせてこそ価値があるもので、シルクハットだけ見せられても、藝術でもなんでもない」

新人「『便器』がスベったというのは、そういうことなんっスね」

部長「おもしろくないかい?」

新人「おもしろいっスよ。この企画にぴったりのワイルドな専門家じゃないスか!」

部長「わかってもらえて、うれしいよ」

新人「そのArt.note氏って、現在進行中のアートのこともわかりますかね?」

部長「話したことはないが、どうかしたのか?」

新人「部長の、文脈っていう話を聞いて、思ったことがあるんスよ」

部長「遠慮しないで、云いたまえ」

新人「前から、引っかかってたんスけど、『どう感じるかは観る側の自由だ』 なんて云ったりするじゃないっスか?」

部長「本心かどうかはわからないが、まあよく云われるセリフだな」

新人「でも、料理だって食べ方は大事っスからね。知らない者が勝手なやり方で食べて、マズかったとか云っても、それは自由な感想じゃなくて、残念な失敗談なわけっスよ」

部長「そういうことだな。だから、本当はどんな作家だって、ちゃんと理解して欲しいんだと思うよ。でも、これまでは、文脈を伝える手段がなかった」

新人「…………」

部長「大衆なんて、過半数が初心者みたいなものだ。アートの常識すら怪しい。個々の作者や作品に対する知識などもっといい加減だ。といって、展覧会場に分厚い解説書を用意するわけにはいかない。たとえ用意しても読む時間がない。だから、苦し紛れに『自由に見て下さい』 と云ってるんじゃないかな」

新人「まさにそこなんスけど、時代が大きく変わりそうなことがあるんスよ。部長、NFTはご存じっスか?」

部長「ブロックチェーンの技術を使って、デジタル作品の本物が証明できるようになったという話だろ? これからはデジタル作品も従来の美術品と同じように取り引きされるようになる…… そんなふうに聞いているが?」

新人「それもあるんですが、NFTにはコミュニティの役割がすごく大きいんスよ。コミュニティとは一人のアーティストに一つあって、ファンクラブのようなものなんスけど、作品を所有している者たちの集まりということもあって結構、濃い集まりなんス」

部長「…………」

新人「株主の集まりといえばいいスかね。作者の評価が高まれば、所有作品の価値が急騰しますし、評判が落ちれば、急落しますからね。だから、そういう意味でも活発に感想を云いあったり、アドバイスしたりするわけっス」

部長「…………」

新人「アーティトのほうも、自分のコミュニティを大切にします。いろんな情報を流したり、意見を取り入れたり、新しい作品をコミュニティで先行販売したり、場合によっては、タダで配ることもあります」

部長「タダで?」

新人「デジタル作品ですから、版画みたいに限定百点とか、そういう販売ができるんスよ。人気アーティストなら1万点とかもあります。そうすると1点1万円のプライスでも完売すれば1億っス。
 コミュニティに100点くらいタダで配っても、ファンサービス兼宣伝だと思えば、出費でもなんでもないっス」

部長「買えば必ず儲かる株を優先的に融通するようなものか……」

新人「ああ、実際、そういう一面もあらしいっス。オレは株のことわかからないんですが、金融業界ではとっくの昔に禁止された手法が、NFTで駆使されてるという話もあるっス」

部長「だから、投資、いや投機目的でのマネーも大量に流入して、一部の作品が高騰するのか。確かに、そういう話を聞くと、時代が変わりそうだな……。
 しかし、そのことが文脈の話とどう結びつくんだ?」

つづく


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