[暮らしっ句] 蟻 3[俳句鑑賞]
世相編
異変でもおこるか 蟻の大移動 伊藤康子
五月でしたか、都内で行われた数万人のデモと集会がマスコミにスルーされたということがありました。東京での出来事だったので、さすがにデマとは云われませんでしたが、ほとんど(まったく?)報道されませんでした。
集会の抗議内容もさることながら、パパデミック以降のマスコミの態度は異様。すでに戦時下のそれです。
「異変」を感じるセンサー…… 「異変」を感じた時の行動力……
二つが欠けた生物に未来はないのですが。
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先頭は背広着てゐる 蟻の列 井尻妙子
昭和の頃にはまだ、背広に対する複雑な思いが渦巻いてました。学生はサラリーマンにはなりたくないという気分を隠さなかったし、おっちゃんは、現場のことは自分たちのほうが熟知しているというプライドを持っていた。事件は会議室で起きてるんじゃない! というやつです。
しかし、もう張り合う時代は過ぎた。でも、何かモヤモヤする……という心情句。
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先頭は東條英機 蟻の列 安達しげを
上の句と並べると、痛烈な皮肉。
現代社会は、エリートに采配してもらわないと回っていきません。それは確か。そして「東条英機」は、その代表。
でも、結果はどうなったか? ものすごく頭の良い人、完璧な計画には、
とんでもない落とし穴がある……
じゃあ、凡庸な者がリーダーになればマシなのか?
近年の政治は、その意味で、とても参考になりますね。戦争にはならなかったけど、利益、健康・命、挙句の果てに文化・精神性まで……
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生きながら 蟻の掃かれる世紀末 竹貫示虹
もちろんこの「蟻」は我々庶民のこと。
では「掃かれる」とは、何のことか?
院棒論をチェックされている方なら、思い当たることがいくつもあるでしょう。しかし、そんなことを考えてる人はごく一部で、多くの人は無関心。
でも、「生きながら蟻の掃かれる」と云われると、ゾッとしませんか?
思い当たることは、本当に何もないのですか?
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一匹の蟻踏み 蟻の列踏まず 貝森光大
「なんとか、最小の犠牲で済ますことが出来た。ふう~」
「うまいこと最小の犠牲で切り抜けられて、よかったわね~」
そういう作品なのでしょうか?
もう少し奥があるように思います。
三択にするとこんな感じ。
1,世の中、犠牲は付きものだ。上に立つ者とすれば、多数のために少数を切り捨てる勇気が必要である。それは正義だ!
2,世の中、犠牲は付きものだ。しかし、犠牲になる者の気持ちを忘れてはならない。命の尊さに鈍感になってはいけない。政策は妥当だが、心の中で犠牲者に手を合わせましょう…
3,政治とすれば多数派を優先するのが正義である。しかし、個人もそんな感覚で良いのか? それは国家のために戦えとか、皆のために治験中のククチンを打てという論理と同じである。そしてそんな論理が押しつけられるときには、往々にして、そこには「実体」がない。云うなれば、犠牲者の命は「虚構(仮説)」に捧げられる。頭でっかちの者は簡単にそのトリックに引っかかる。
作者は自分の考えを敢えて隠したので、作者の考えはこうだという云い方は控えますが、
作者は「一匹の蟻踏み 蟻の列踏まず」と、一見きわめて妥当な行為を示しながら、そこに潜む<合理性の闇>を垣間見せた…
出典 俳誌のサロン
歳時記 蟻
ttp://www.haisi.com/saijiki/ari1.htm