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さいはての彼女

久しぶりの読書感想文になります。前回書いたのがこちら。

2年半ぶりの海外(仕事ですが)に行くにあたって、「旅人気分」を盛り上げるために「旅本」を読んだ次第でした。

そしてこの「さいはての彼女」も原田マハさんが書かれた「旅本」に分類される素敵な小説になります。偶然なのですが、前回私がいかに「岬」好きで、岬の「最果て感」がたまらないということを語らせていただきました。今回はその「サイハテ」のお話です。

25歳で起業した敏腕若手女性社長の鈴木涼香。猛烈に頑張ったおかげで会社は順調に成長したものの結婚とは縁遠く、絶大な信頼を寄せていた秘書の高見沢さえも会社を去るという。失意のまま出かけた一人旅のチケットは行き先違いで、沖縄で優雅なヴァカンスと決め込んだつもりが、なぜか女満別!?だが、予想外の出逢いが、こわばった涼香の心をほぐしていく。人は何度でも立ち上がれる。再生をテーマにした、珠玉の短篇集。

「BOOK」データベースより

本書は4つの物語で構成される短編集です。上のお話はその最初の物語である「さいはての彼女」の説明になります。4つのストーリーはどれも秀逸で、心の中にさわやかな風を吹かせてくれ、爽快な読後感を与えてくれます。この物語の主人公たちのように、人生にちょっと疲れたときは旅に出て、自分をリセットすることの大切さを改めて感じることができました。

4つのストーリーは甲乙つけがたいのですが、やはりタイトルにもなっている「さいはての彼女」が自分にとっては一番心に響きました。

上のあらすじにも書いてある通り、主人公は鈴木涼香というバリバリ働くキャリアウーマン(バリキャリ)です。(「愛の不時着」のヒロイン、ユン・セリをほうふつさせます⇒わかる人はわかる)

母と自分を見捨てた父親を見返すために25歳で起業した彼女は、今では社員の数が100名を超える会社の社長となりました。

すべてが順調に進んでいたように見えましたが、責任が重くなるにつれて余裕をなくし、社員たちにも厳しく当たるようになっていました。そんな中付き合っていた男性との恋が終わりを告げます。

失恋のショックを振り払うために我武者羅に働こうとしますが、逆に空回りをしてしまい、なかなか物事がうまく運びません。周りにも一段と厳しく当たるようになり、その結果、信頼していた秘書の高見沢が会社を辞めてしまいます。

涼香は一度状況をリセットするために、旅に出ることを決心します。沖縄の高級リゾートホテルに泊まり、豪華な食事やエステなどを通してリフレッシュをしようと思っていたのです。その手配を退社直前の高見沢に任したのですが、高見沢は最後の復讐とばかりに沖縄ではなく北海道・女満別の航空券を予約していたのでした。

涼香は躊躇したものの、ギリギリの選択を迫られ、結局女満別に行くことを決めました。空港に着くと、予約していたはずのBMWのレンタカーはなく、代わりにおんぼろの軽自動車に乗ることになりました。行く当てもなく、途方に暮れている涼香のところへ声をかけてきた若い女の子がいました。それがナギ(凪)です。

ナギは大きなハーレーダビッドソン(彼女は自分のハーレーに「サイハテ」と名付けていました)に乗って毎年北海道を旅している女の子です。ハーレーをこよなく愛し、ハーレーに人生をささげている彼女は、出会った人たちを皆ハーレー好きにしてしまうという魔法の力を持っています。

ハーレーやバイクに興味のなかった涼香も、ナギのまっすぐで純朴な人柄に触れていくことで、ハーレーに興味を持ち、いろいろな出来事があったのちに彼女の後に乗って一緒に旅をすることになります。

そして旅をする中で涼香はナギの秘密に気づくのです。ナギは耳が聞こえない、と。

ナギは生まれたときから重度の聴覚障害を持っており、小4の時に完全に耳が聞こえなくなりました。当然手話は小さいころからやっていましたが、彼女の父は読唇を習得することを強く勧めました。その時の父のセリフが印象的です。

「その方(読唇を学ぶ方)がもっと世界が広がる。世界はすごく広いんだから、いろいろな人に会って、いろんな話をするんだよ」

ナギの父の言葉

しかし、最初ナギは読唇に対して消極的でした。彼女はその理由を、「自分とほかの人たち(健常者)の間に『線』があるからだ」と訴えました。耳の聞こえる人との間にどうしても越えられない『線』があり、向こう側に行けない、と。

その時の父がナギにかけた言葉が激熱です。

「ナギ、そんな『線』はどこにもない。もしあるとしたら、それは耳が聞こえる人たちが引いた『線』じゃない。お前が勝手に引いた『線』なんだ。
いいか、ナギ。そんなもん、越えていけ。どんどん越えていくんだ。越えていくために、父さんがいいことを教えてやる」

ナギの父の言葉

と言って、父がナギに託したのがハーレーでした。根っからのハーレー好きだった父は、ハーレーのすべてをナギに教え、ナギは中2の頃にはハーレーを一人でばらして組み立てられるようになりました。

父はいつも娘をタンデム(二人乗り)でツーリングに連れていき、父の大きな背中はいつもナギに語り掛けてくれたのでした。

そんなナギとの触れ合いを通して、涼香の鬱屈としていた心は徐々にほぐれていき、そして彼女のおかげで大切なことに気づいてくのです。

いかがでしょうか。作品の魅力が少しでも伝われば幸いです。

私がこのストーリーに共感した理由は、まず「バイク×北海道」という点です。

ハーレーではないのですが、私は20代の時アメリカンのバイクに乗っていました。すでに教師をしていましたが、当時は学校もバイクで通勤していました。(↓のバイクに乗っていました)

YAMAHA ドラッグスター

バイクを買って1年目に北海道1周をした記憶が今でも鮮明に残っています。

北海道はツーリング王国なので、多くのライダーたちが走っているのですが、すれ違う時にお互い手を振ったりして仲間意識を味わったり、ライダーズハウスなるバイク乗りたちが泊まれる格安の宿があって、そこで情報交換をしたり、宗谷岬の近くにあるラーメン屋さんが、ラーメン食べたら店内で泊っていいって言ってくれたり、いろいろな思い出があります。

結婚を機にバイクを手放して車を買いましたが、リタイヤしたらハーレーに乗りたいという野望を持っていたので、そんなライダー魂に火をつけられる話でした。

また、上記の父親と娘の関係もインスパイアされるものがありました。闇の中にいた娘に光を照らすような父の存在、そんなナギの父のような父親になりたいと思いました。

そして、涼香にも感情移入することがありました。涼香ほどではないにしても、自分も組織の中でそれなりの責任を持ち、当然うまくいかないこともあります。その中で日々生きていなかなくてはいけないのですが、いつも走り続けるだけではなく、時には立ち止まり、いつもと違う景色を見ることも大切であることを改めて感じました。

私は旅をこよなく愛し、隙あらば旅に出ています。それは自分を保つための大事なエッセンスであり、かけがえのない人生のパーツだからです。

ちょっと心が疲れている方にお勧めの1冊です。そんな時、旅はいかがでしょうか。

最後までお読みいただきありがとうございました。


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