「豊かさの基準」とは?①
前回「貧困」をテーマに、実際に私が実践している授業を公開しました。
今回はその続きとも言える、「豊かさ」という超抽象的な概念をテーマにした授業を公開したいと思います。
まず、授業はいつものように「トリガー・クエスチョン」から始まります。今回のトリガー・クエスチョンは・・・
あなたにとって「豊かさ」とは何ですか?
生徒たちにはmentimeterというツールを使って、思ったままに回答をしてもらいます。下はとあるクラスで行ったアンケート結果です。
このクラスは留学中の生徒が多数おり、サンプルが20名と少ないのですが、それでもなかなか興味深い結果となっています。
「豊かさ=お金」という至極当然な考え方をしている生徒が一定数いる一方で、「精神的安定」や「リラックスできる時間」などの『心のゆとり』を豊かさととらえる生徒もおります。
「彼氏彼女がいること」というのはいかにもティーンエイジャーっぽいですし、「食後にデザートがあること」は確かに豊かさの象徴かもしれません(笑)
周りの友達の回答を見ながら、一通り盛り上がったところでウォーミングアップは終了し、今度はとある「世界地図」を見せます。
上にもありますが、この地図は2009年に作られたものです。その点を考慮して、日本とアメリカを探させます。
グループで話し合わせ、日本とアメリカの位置を答えてもらいます。中には皆目見当のつかないグループもあったりしますが、ほとんどのグループはこの時点で一番右の紫っぽい部分が日本、左側の水色っぽい部分がアメリカだと気づきます。
では、いったいこの世界地図は何を基準に作られているのか?
この授業のテーマが「豊かさ」なので、生徒たちは「豊かさ!」と答えてきますが、では「豊かさとは?」とさらに問い詰めます。
ここで、この地図についてはいったん放置し、次のトピックを提示します。
人間開発指数(HDI)
おそらくこれをお読みいただいている皆さんも初めて聞く言葉かと思いますが、「豊かさ」を測る一つの物差しとして、人間開発指数を提示します。
平均余命、教育(知識へのアクセス)、所得指数(生活水準)の3つの指標を複合的に統計し、数値化したものが人間開発指数(HDI)です。
ここでまた質問です。
日本は人間開発指数において世界で何位でしょうか?
みなさんは何位だと思いますか?
日本が平均余命において世界トップクラスだということは日本人であればだれでも理解している事実かと思います。そして、教育(知識へのアクセス)、所得指数(生活水準)においても何となく日本は世界の国々と比べても負けてない、いやむしろ優れていると思う人が多いのではないかと思います。
ゆえに、日本は人間開発指数において、世界でも上位に入るのではないか。
子供たちもたいていみなそう考えます。
各グループに順位を言わせると、「3位」「5位」「8位」とかだいたい一桁の数字が出てきます。あわせて、トップ3の国も当てさせます。
さて、結果はいかに・・・。
日本がいません・・・。日本はいったい何位なんでしょうか?
生徒たちはみな、「あれ、なんで日本はこんなに低いの?」と疑問に思います。
ここで、「なぜ日本の順位が低いのかを考察してみよう」と言って、またグループで話し合わせます。
実はこのスライドの中に答えはあります。多少の英語力は必要になりますが、このデータを解読すれば、なぜ日本が思ったよりも人間開発指数が低いのかは理解できます。
まず、平均余命の指数は84.5。これは香港に続き第2位です。
次に教育。これが少しトリッキーでして、純粋に子供たちの学力を比較したものではなく、「知識へのアクセス」、つまり、学びの機会がどれだけあるかという指標になっています。
これはわかりやすく言うと、高等教育(大学・大学院)進学率、または高等教育で学ぶ人の割合が大きく影響した数字で、日本は大学生といえば18歳から22,23歳という特定の年齢層が集中していますが、欧米ではリカレント教育が進んでおり、社会人になってから大学で学ぶ人・学びなおす人が多数存在します。ここが明暗を分けているのです。
ちなみに、表の"Expected years of schooling"は「5歳の子どもが生涯のうちに受けられるであろう正規教育の年数」を意味し、"Mean years of schooling"は「25歳以上の成人が過去に受けた正規教育の年数」を表しています。
それでは、生活水準についてはどうでしょう。私の学校は私立の学校なので、生徒たちは概して生活水準の高い家庭で育っています。そんな彼らにとっては日本の生活水準が低いなんて想像もできなわけですが、ここで日本の現状を理解してもらいます。
GDP(国民総生産)
国の経済力を測る指標としては、GDPが最も一般的な物差しであることは論を俟たないかと思います。
2013年、われわれ日本人にとっては一つ節目の年になりました。御覧のとおりこれまで長年アメリカに次ぐ世界2位の経済大国として世界に名をとどろかせてきたのですが、この年に中国に抜かれ3位に転落しました。
1979年にエズラ・ヴォーゲルが上梓した「Japan as No.1」は、世界を驚かせた日本経済の高度成長を分析し、日本を、そして日本人を称賛した本でした。我々日本人としては、鼻高々な内容で、日本人であることを誇りに思わせてくれる一冊なのですが、残念ながら日本の栄華はバブルの崩壊とともに終焉を迎えました。
GDPで中国に抜かれてから5年経つと、もう中国の背中は見えなくなってしまいました。中国がものすごい経済成長を遂げている一方で、アメリカも成長を続けていることを忘れてはいけません。
さて、ここで再び授業の最初に見せたあの世界地図に話を戻します。
この地図は2009年のGDPの大きさをもとに作られたものです。よく見てみれば、一番面積を取っているのがアメリカで、その次が日本になります。日本のお隣の中国(黄緑)は日本より小さくなっていますが、これは2009年だからです。2013年であれば日本とほぼ同じ大きさであり、2018年であれば日本の3倍以上の大きさになります。
GDPとHDI、「豊かさ」を測るならどっち?
さて、ここまでに国の豊かさを測る物差しとして、GDPとHDIの2つを提示しました。ここで、生徒たちに2つのランキングを比較させます。
グループで、「何でもいいので、2つのランキングを比べて気づいたことを共有し、そこからブレインストーミングをしなさい」と指示を出します。
2つのランキングにおける相関性の低さに生徒たちはまず着目します。HDIのトップ10に入っている国で、GDPのトップ10に入っているのはドイツだけです。(このことから、「ドイツはきっと”いい国”に違いない!」とドイツに興味を持つ生徒も少なからずおります)
ということは、経済的豊かさを表すはずのGDPは、人間的な「豊かさ」を反映させていない??
生徒たちはモヤモヤし始めます。
では、今日の授業はここまでにし、次回引き続き「豊かさ」について考えていきます。
次回はGDPのからくりに焦点を当てたり、豊かさを測る第三の物差しを提示したりしたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。