とても個人的なブックレビュー② 『アリ語で寝言を言いました』
題名: アリ語で寝言を言いました
著者: 村上貴弘
イラスト・図版・写真提供: 村上貴弘
イラスト:ぬまがさワタリ
アリは進化と適応の宝箱
『アリ語で寝言を言いました』には、アリの生態、アリ社会について、またアリの研究についても少し書かれている。えー、そんなこと本当にある!?と読み直す箇所が何度も出てくる。著者の村上貴弘博士は、九州大学持続可能な社会のための決断科学センターで准教授をされている(2020年7月現在)、有名なアリの研究者ということなので、きっと書かれていることは全部本当なのだろう。そう考えると、もうただすごいので、にやにやするしかない。
本のタイトルから、アリ語というものが存在し、著者の村上さんがそれを自由自在に操れるかのようにイメージしたけれど、この本の中では実はその点に触れられている分量は少ない。村上さんはすでにアリたちが音声でコミュニケーションすることを発見しているが、研究結果に関わる論文をまだ書き終えていないため、この本の中では詳細を綴れないということだ。それでも、内容が波乱万丈の物語を読むのと同程度かそれ以上にエキサイティングであることに全く変わりはない。村上さんは、昆虫、特にアリは、進化と適応の宝箱だと言う。私たち人間が持続可能な社会について考えるとき、アリの社会にはヒントがいたるところにある、私たちがアリから学ぶべきことは、勤勉さだけではないのだ、と。
ナベブタアリ
本の中に登場したアリの中で私が1番好きになったのは、ナベブタアリという種類。頭も体も割と平らなので、高いところから滑空することもできるそう。ここも、初めて読むときには、は?!と我が目を疑って、2、3行戻って読み返す箇所だ。2度目に読んでも、やっぱり滑空できると書いてある。アリが。滑空。!!
ナベブタアリの中には、頭にマンホールのようなものをつけている個体がいる。戻って確認。頭にマンホール。そう書かれている。イラストもある。彼女らの役目は、巣の入り口のドアになること。(彼女らとわざわざ女性だけの複数系を使うのは、働くアリは雌ばかりだから。アリ世界の雄は目立つ役職についてないどころか、ほとんどインビジブル。交尾をするために生まれるけどできずに終わる者も多い。アリは女性活躍型社会なのだ。) ドアになること?戻って確認。うむ、ドアになる。そして、それだけが彼女たちの一生の仕事である。仲間のアリがやってくると、マンホール頭をトントン叩く。マンホールさんは自分の頭を動かして(ドアを開けて)仲間を中に入れ、入ったのを確認するとまた頭を動かしてドアを閉める。エサを食べる間ドアを開けておくわけにはいかないので、仲間から口移しで食べさせてもらう。ナベブタアリは大抵木の枝に巣を作るが、木の上は敵が多く、巣穴も目立つ。そこをこのマンホールさんが蓋をしてガードすることで、巣の防衛力を格段にアップさせているのだ。
ハキリアリ
切った葉を長い列を作って運ぶことで有名なハキリアリの社会では、分業が進んでいる。彼女たちは決まった1つの仕事をするために生まれ、死ぬまでその仕事をし続ける。その点では先のマンホールさんと同じだ。それぞれの役割にあった10種類の以上の身体サイズのタイプがあり、村上さんはすでに30以上の異なる仕事の種類も見つけている。どんな仕事があるかというと、巣の床を四六時中舐めて回る掃除担当、巣の入り口の見張り担当、外から戻ってきた働きアリから栄養を受け取り決まったところへ運ぶ担当、子育て部門では、女王アリが産んだ卵をきれいにして卵部屋に運ぶ担当、幼虫にエサをやる担当、巣の外ではもちろん葉を切る担当、葉を運ぶ担当等があり、他にもキノコ畑で働く担当や死んだ仲間をお墓へ運ぶ担当などもいる。女王アリは1時間に180個の卵を毎日産んで、最長20年生きる。1時間に180回の出産 x 毎日なんて想像するだけで倒れそうになる。それを20年も続けるなんて相当の根性だ。一方で、働きアリはほとんど寝ずに、ほとんど飲まず食わずで働き、3ヶ月程で死んでしまう。ハキリアリの社会は、数あるアリ社会の中でもとても進化して複雑化している。同様に巣の中でキノコを育てるタイプのアリ社会でも、より単純な社会では、働きアリの労働時間は短く、個体間のサイズの違いは小さく、女王アリと働きアリの寿命の差も小さい。輪廻してアリに生まれることになっても、ハキリアリはできれば勘弁してほしいし、進化ってしない方がいい時もあるんじゃないかと思えてくる。
シワクシケアリ
シワクシケアリというごく普通のアリの仲間の調査では、働きアリ全体の2割はあまり働かず、2割は一生懸命働き、6割は期待通りに働くことがわかった。さらに、働き者グループから30個体、怠け者のグループから30個体を選んで調査したところ、同じ結果が出た。働き者グループ出身でも、怠け者グループ出身でも、グループ全体の20%はやがて働かなくなる。これは、何か突発的な事態が発生した際に失われる労働力を補完すべく、2割のアリは働かずに、予備軍として待機しているということらしい。言うまでもなく、アリはさまざまな方向に進化し、さまざまな種があるので、この調査結果をすべてのアリの種に適応させることはできない。例えば、前述のハキリアリの場合、村上さんの調査でその働きアリの実質100%が一生懸命働くことがわかっている。
結論
この本は、パタンと閉じた時に、はいじゃあね、という風にはいかない。小さく、大きく、様々に、地球中に広がっているアリワールドについて知ってしまったら、今日も自分が人間として生きているこの世界が、今までとは違うものに思えてくる。アリや、ありとあらゆる生き物が、地球でたまたま同じ時に一緒に生きている仲間だと思えてくる。しばらくかけていたサングラスを外した時のように、視界がわっと鮮やかに変わるような、世界の見え方が変わる感じ。
私はまず、庭に住んでいるアリが、どんなファミリーのアリなのか調べてわかりたい。よく見かけるのは、あまり忙しそうにしていないので、20%の予備軍グループに属するのなのかもしれない。 私も今これといって重要な任務を担当していないけれど、庭のアリと同様に突発的な事態に備えての予備軍の一人と考えていいのかもしれない。去年の今頃は、社会に何ら貢献せずにぷらぷらしていることを申し訳なく感じていて、早く人の役に立つことができるようにならなければと焦っていたけれど、シワクシケアリ論では、私のような人間も社会には必要ということになる。そういうことなら落ち着いて、呼ばれた時に全力で任務に当たれるように準備して待ちかまえていることにしよう。
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