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Story of Kanoso#63「反動と崩落」

 男はその日、街頭で行うティッシュ配りのアルバイトをしていた。
県内で有名な聖パステローペ高校の特進コースを卒業し、彼礎大学医学部に通う優等生だったのに、朝からティッシュ配りをしていたことを、彼はひどく悔やんでいた。
 「沢西さわにし駅前徒歩1分のパチンコ"マラカス"新台入換、本日午前10時オープン」と書かれた紙を添えたティッシュを、朝の通勤ラッシュで駅に向かう人々の手元に渡すのが、今の彼に課せられたただ一つの使命だ。

 「おはようございます、いってらっしゃいませ」という台詞と共にティッシュを手元まで運ぶが、人々は中々これを受け取ろうとしない。
せいぜい会釈をしてくれれば良い方だ。

 彼は諦めずティッシュを配り続けた。
すると、一人の老人がティッシュを受け取り、彼の前で足を止めた。
 「君は、"おはようございます、いってらっしゃいませ"という言葉に、どんな想いを込めているのかね」

 男は突然の質問に戸惑った。
「いや…その、"受け取ってくれよ、ほら。今日も頑張れよ"っていうか」絞り出すように呟いた彼の声を聞き、男は語気を強めて話した。
「そんなようではいかん!君は大切な敬意を忘れている」
「え?敬意って…」男は足元に視線をそらす。
「そう、敬意だ。人はどんな仕事であろうとも、誰かの役に立とうなど、何か目的を果たすべく働くなど努力をしているのだ。君の今の態度を見ていれば、"努力をしている"という事に対する敬意が見えてこない!」
男は、急に視界がホワイトアウトするような感触を得て、そのまま崩れ落ちるように倒れた。

 「おい、大丈夫かね君!?……」老人の声も遠ざかっていった。

 これは果たして何によるものだったのか。
夜を徹してゲームに興じすぎた反動か、はたまた優等生になり鼻を高くしすぎた反動か。
否、優等生というプライドの元に生じた、自身より下の者を見下し続けた事を指摘された事で引き起こされたショックか。

(了)(800文字)


あとがき

 今回は「優等生の転落」という厳しめのストーリーに挑戦しましたが、本作で伝えたいのは「敬意」の大切さ。
 一人一人が、何か目標のために働いて頑張っている。ならば敬意を持とう、と。ジブンたちの生活も働いている人たちによって支えられているのだから。
そういう思いを込めています。
 それと「あいさつは大事」という事も。
その人があいさつをかけてくれると、こっちもなんだか嬉しくなる。
「あいさつしてくれた!」という具合に。スパイスがかかるというような。
ジブンはそんな思いを持っています。

Writen in the commuter train“2772“(Operated by Kintetsu Railway)


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