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突然ショートショート「験担ぎを欠かすな」

 大切な試合が、控えている日。こういう日に私は、いつも出前のカツカレーを朝食にしてきた。
 けれど、今日は違った。

 大切な試合の日だというのに、カツカレーの出前が届かなくなってしまったというのだ。
 電話で聞くと、カレー屋のバイクが壊れてしまったのだという。

 電話の向こうで、店のおばさんは申し訳なさそうに謝っていた。
 一方で、思わぬ提案もしてきた。
「すまないね。もう自分で受け取りに来てもらうしかないんだけど」
「受け取る…?」
「うん。それしかないね。まだ作ってないから、今からキャンセルすることもできるけど」

 いい機会だった。大会の会場の近くに、そのカレー屋はあった。
「今から行きます」
「いいの?」
「はい。お願いします」
 電話を切った。いつもの験担ぎを欠かす訳にはいかなかった。

 ヘルメットを被って、バイクにまたがる。
 予定よりはるかに早い出発だったが、道路には既に車の流れが生まれていた。

 曇り空が晴れ、太陽の光が目に刺さるようになってきた。少しずつ大会の時間が迫っているのを感じる。
 けれども大したことではない。会場には前もバイクで行ったことがあったから、どれくらいかかるのかもちゃんと知っている。

 カレー屋のある辺りに近づいた。交差点を曲がって脇道を少し走ると、「カレー」という黄色い看板が見えていた。

 バイクを降りた。
 店の前には、いつも我が家に来ていた、あの出前バイクが置かれていた。
 引き戸を開けると、中にはいつも我が家に来ていた、あの若い店員の姿があった。

「いらっしゃいませ!」
「すいません、電話した石井ですが」
「はい!カウンターに…」

 若い彼の声を遮るように、あのおばさんの明るい声がした。
「出来てるよ。ここ座りな。780円」
「あ、すいません、わざわざどうも…!」
「もうここで食べていくかい?」
「はい!」

 テイクアウト用のプラ容器に詰め込まれたカツカレー。
 小銭をおばあさんに渡し、軽く両手を合わせてからスプーンを持ち、口元に運んでいく。

 スパイスの風味が効いたルウと、出前では味わうことのなかったサクサクのトンカツ。
 おかしな話だが、バイクが壊れてくれてよかったかも知れない。そう感じてしまうほどの美味しさだった。

「ごちそうさまでした」
「試合、頑張るんだよ」
「はい!」

 これでもう頑張れる。「験担ぎができなかった」なんて言い訳も、しないで済む。
 私は店を後にし、会場へ続く道へとバイクを走らせた。

(完)(983文字)


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