最後の一杯
彼のために一杯を淹れる。それが私の日常だった。
彼はコーヒーよりもココアを好んだ。好きな人のために好きなものを作る。同棲して以来、私の日課になった。安いやつは嫌だと言った。だからカカオの純度が高いココアを買った。安月給だけど、それでも彼のためにと無くなるたびに買ってあげた。純度が高いから当然苦い。甘党の彼のためにいつも砂糖を入れる。だったら安いやつでもいいのに、という言葉を我慢した。欲しいものを我慢して、彼のためにあれやこれやと買ってあげた。
尽くしたつもりだった。でも違った。私の方が搾取されていただけだったのだ。
彼に初めての嘘をついた。出張に行くと言って家を空けた。物陰からこっそりと家をのぞく。嘘なんかつかなきゃ良かったと後悔した。
彼には償ってもらおう。私が尽くした分と費やした人生の分。
彼のカップにココアとホットミルクを注ぐ。
そして砂糖と隠し味を大さじ一杯。これが彼にとり最後の一杯になる。
(了)