【TOLOPANの真髄に迫る vol.11】錯覚から生まれた、シュトーレンオエピス
13年くらい前の、デュヌラルテにて。
「フィグリ」
というパウンドケーキに衝撃を受ける。
当時の僕は、まだ準備担当をしていた。仕込みには参加できず、型紙をしいたり、型を洗ったり。それでも、少しでも会話が聞ける距離で仕事をし、仕込みの順序だけでもメモを取っていた。
ミキサーボールを洗う時に、ふと生地のついているのをナメてみた。
すると、「甘くない」のだ。
むしろ、酸味の方が少し強く感じる。
計量には参加していた。だから、砂糖がたくさん入り、キャラメルも入っているのをよく知っている。それなのに、そう感じたのが不思議でしょうがなかった。
キャラメルに何か隠されているのではないか。
そう考え、キャラメル作りを集中的に観察することにした。そこで発見したのは、
少し色がある、水ではない液体。
砂糖が茶色く色付き少しトーンが暗くなった時に、その色付いた液体を注ぎ入れている。少し近づいてみると、その正体が「レモン」なのだと気づく。
こんなにも珍しいやり方があるのか、と。
強く感動した。
その後、柴田シェフが仕込むのを見させてもらえるようになった。乳化の事や、入れるタイミング、温度のことなど多くのことを学ぶと同時に、見れば見る程「自分も作らせてもらいたい」という気持ちが高まったが、これだけでは作らせてはもらえなかった。
そこで行ったのが、完全シミュレーショントレーニング。
もちろん材料は使わず、道具や計り、電卓、ボール等材料以外のものを全て定位置にセットし、立ち位置まで数センチくるわないよう、時間通りに決めた導線通りに行う。
これを、何度も、何度も、完璧に自信が持てるまで反復する。
このトレーニングは僕みたいな欠落した人間にも自信を与えてくれた。
何度も何度も、本番を意識した練習をしっかり行えば出来るという自信。
それまでの努力を水の泡にしたくないという、自分を信じるという自信。
そうしてようやく、シェフと下の子がやっている事が一致し、成立した時、必ず作らせてくれる。
そんな教育をしてくれた柴田シェフ、井出シェフのおかげで僕は成長できたと思う。
最終的には3年近くこの「フィグリ」を作らせてもらい、掘り下げるという事ができた。
「酸味と甘味」、「酸味と塩味」、「酸味と苦味」の関係性を自分なりに調べ、実際の行いをデータ化していった。
糖度が上がっているのに、
糖度が下がっていると感じる錯覚。
これを生み出すことは、本当に素晴らしいと毎回毎回仕込む度に感動していた。
これを、どうにかパンに還元できないか?
そう思い、パンに落とし込んで考え始めた。
パン=小麦粉はグルテン。
糖が30%以上、これはタンパク質に無理がある。
では、グルテンを期待しないパンはどうか。
砂糖をたくさん使用しているのに、抑えられてるという錯覚を最大限発揮できるもの。
では、お菓子のようなパンがいいのでは?
そこで思いついたのは、この業界に入ったきっかけのパンである「シュトーレン」だった。
ここからの作り方は、どの教科書にもない。
1つずつ解決して、自分なりの意味で教本を作るしかない。
お菓子作りで大事な乳化作業までは、ケーキ作りでビーターで。粉と酵母を入れる所からは、パン作りでフックで。
グルテンが出ないこと。
極力減らしている酵母が油脂コーティングされず、増殖を一気にさせていくこと。
ここを理解し、行動に移す。
そうして生まれたのが、TOLO PAN 1年目での「シュトーレンオエピス」。
そこからさらにブラッシュアップを重ねた。
スパイスも煎って使用し、10数種使っているのに突出させず、いろいろな角度から合わせっているのに単体の良さも出していく。全体の香りのまとめ役として少しのシナモンを。
キャラメルにもレモン以外にオレンジを少し加えて、スパイスのまとまりを出す。オレンジに合わせて、ホワイトチョコとカルダモンでのコーティングも決定。
改良を重ねる中で、味に重厚感が増してきた。そこで、たくさんの種類のフルーツやナッツを入れていたのを、キルシュ漬けのクランベリーとローストのクルミのみに変更し生地とのバランスを考えた。
ここで、「エピス」の食べ方について。
薄くスライスし、レンジでホワイトチョコが少し溶ける程度に温めて。テリーヌのような食感に香りが上品に重なりあっていくはず。
上に、バニラアイスをそえて食べると抜群。
明かりを少し下げて、ウイスキーやブランデーとともにいただくのもいいでしょう。
最後に、「エピス」を使って思うこと。
パン職人は、どの状況、どの環境、どの人と会っていても、そこから感動し、感受性を高め、想像し、理解を深め全てのものをパンに結びつけていくものだということを教わりました。
※執筆当時から価格が変更となっております。2023.8.1時点4,500円となります。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?