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【TOLOPANの真髄に迫る vol.10】参考書のない、オリジナルシュトーレン

「シュトーレン」を知ったのは、高校2年生の秋。

何故、この時期をよく覚えているのか。
それは10歳から夢をみて没頭し続けたボクシングを挫折した時期だから。

希望。情熱。

それらを失い、やり遂げることだけが目標へと変質したあのころ。

テレビでのロードショーで何度も見たはずの「魔女の宅急便」。
そのパン屋のシーンがどうしても忘れられずに何日かが過ぎて、ひたすらボクシングばかりして、親のことなど考えてもいなかったあのころ。


この時、「シュトーレン」という白い甘そうなものに興味をもつ。

母親に久しぶりに話しかけて「作ろうで」みたいな軽いノリで作り始めた。今考えると計量も何もかも親まかせで、自分は言われるがままに、やっている、だけだった。それでも練るところと焼くところだけは、自分もちゃんとやっていたなと思う。

そんな中、高校生だった僕の脳に強烈に記憶された感情。

「楽しい」「見てしまう」「すぐに食べたい」

食べた瞬間押し寄せた、なんとも言えない感動。
きっと、本能が奪われた瞬間だった。

これが僕の初めてのパン作りの経験だった。


18歳になると、大学に行きながらパン屋さんでアルバイトを始めた。
5,6店のパン屋さんに入ったが、気づいた時には、何が楽しくて、何が面白いのかがわからなくなっていた。

その中でシュトーレンに関わったのは1店だけだった。
でも今思うと、当時はシュトーレンに対する興味すら、高校生の時に抱いた、あの強烈な衝動すら思い出していなかったと思う。

その後のデュヌラルテでの3年間の修行中は、とにかく基本の基本をと必死で到底シュトーレンの事など思い出している余裕もなかった。

商品開発担当のスーシェフになってからも、技術を上げること、デュヌラルテでの初心を思うことに必死だった。


そして、デュヌラルテを退社すると言った、
正式に辞める一年半前。
その時に、初心の初心の「シュトーレン」を作りたいと思い立った。

参考書はない。

あるのは、数々のオリジナル商品を生み出した名店デュヌラルテで培ったパンとお菓子作りの経験。そして、自分の頭だけ。

初のシェフになるトロパントウキョウでは、
デュヌラルテの二歩も三歩も先ではなく、半歩先の驚きと、オリジナリティと年齢とわず愛されるものを作りたかった。


そこで誕生したのが、クリームチーズを使った
「オリジナルシュトーレン」

どうしてクリームチーズを選んだのか?
その背景には、お客様の実際の声が隠されている。

クリスマスまでにワンスライスずつ食べるのが本来のシュトーレンの食べ方。
が、自分自身、本当にお客様はそのセオリーを守っているのか?という疑念があった。そこで聞いてみると、

「結構、すぐに食べてしまいます..(汗) 」

という意見が多かった。
それならば、もう少し重たくなく、日持ちがして、美味しいものを今の時代のお客様に提案したいと考えた。さらに意識したのは、

・ベースカラーの白に合うもの
・クリームチーズと相性の良いもの
・子供でも食べられるスパイス加減にすること

そして、基本の材料は外さないこと、自家製のマジパンを生地全体に練り込むことでのしっとり感を出すことを考えた。

フルーツとして選んだのは、アプリコットのミリン漬け。
ミリン漬けにしたのは、これがあんずを引き立ててくれる一番美味しいやり方だと思っているから。

これをベースに、様々なフルーツの割合を決めていった。
極端にアプリコットを多くしたもの、柚子を多くしたものなど色々試して、最終的にはバランスを取る方向で進めた。

底のザラメにも工夫を凝らした。薄くスライスしたシュトーレンのしっとりとした食感に出会ってもらった後、その中に何粒かのジャリっという音が後を引かない具合で、脳に伝達する効果を演出している。


そして、「一緒に何を飲むのか?」について。


このシュトーレンは、スパイスの量を「丁度良い」より下に置いている。そこでおすすめしたいのが、

・胃の重たさを軽減する、カモミールのようなハーブティー
・甘いミルクのスパイスの効いたチャイ
・スパイスをプラスしたホットワイン

ホットワインに関しては、お好きなスパイスを入れていただきたい。
よければ、シナモンとクローブ、コリアンダーを。
このシュトーレンにはニッキの香りと甘い香りがぴったり合うように思う。


最後に、シュトーレンの形に関してちょっと余談を。
トンネル型だとスライスした時にどうしても大きい、小さいがある。
クリスマスに子供の兄弟喧嘩を見たくないな。
そう思ったので、なるべく平等になるようにと、
トロパンのシュトーレンはパウンド型なのです。



TOLO PAN TOKYO 
統括シェフ/パン研究員 田中真司

※執筆当時から価格が変更となっております。2023.8.1時点4,100円となります。

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