【TOLOPANの真髄に迫るvol.35】和と洋の融合、きな粉とクリームのあげパン
このパンの正式名称は、
「パンドーナッツときび砂糖のパティシエール」
パンドーナッツと名前を付けたのは、
ベーキングパウダーではなくパン酵母だから。
それと「あげパン」という日本語を
少し解りやすい横文字に変えることでの
洋風感を出したかったから。
なぜパンドーナッツを作ることになったのか。
きっかけは、師匠である井出シェフからの
7年ぶりの指導だった。
それはトロパンで1年経った時。
井出シェフから定休日に一緒にパンを作ろうと連絡があり、「バタール」を教えたいとのことだった。ちょうど代田店を立ち上げる直前の商品開発をしているときだったため、発想が変わるビックチャンスに胸が躍りつつも、しっかり抑えて一言一句逃すまいと集中して話を聞いたことを今でもよく覚えている。
厨房に入るとルセットのメモを渡された。
そして完全に頭に入れた。
デュヌラルテの環境と同じく、メモ帳やファイルを厨房内に置かず頭に記憶させる。
軽量を行い、スケール、電卓、ボール、ゴムヘラ、ホイッパー、カード、計量カップ、最短距離で動くための定位置に置き精神を集中させミキシングを開始する。
後ろからの井出シェフの指示のもと、顔は見ずに変速していく。「本当にバタールなのか?」想像以上に高速を使うのだなと心で思ってしまうくらいバゲット生地でのミキシングは珍しかった。
そして生地を上げる手前で「こうじゃないなぁ」と井出さんが声を漏らした。そこで厨房での作業は終了になってしまった。
僕の中では成形を麺台で向き合い見ることをすごく楽しみにしていたので、思わず肩を落としそうになったその時。
「田中くん、この配合はね。組み替え、置き換えをすれば揚げパンになったり、食パンになったりするんだよ。」
この会話からパンドーナッツは生まれた。
井出シェフは話を始めると、バタールのベースの黄金比を教えてくれた。
「バタールはどこを食べるパンなんだい?」
「どこをどうすれば揚げパンになるんだい?」
そう続ける井出シェフ。
懐かしすぎる響きだった。
そして答えをくれないのも懐かしい。
いつも井出シェフは丁寧な口調で、良い意味で丁寧でない質問をくれる。このやり方のおかげで、自分の意思で課題を見つけ修正する「学びのつとめ」を味わった。
沢山の、そして少しの余分が混じった会話。
この時の会話は紛れもなく僕の財産だ。
井出シェフが帰られた後、忘れないようにすぐまた仕込みに入った。バタールはやたら窯伸びし、軽い食感なのに気泡も安定し、味わいも深い。これで揚げパン用のルセットを組み次の日、次の日、と繰り返し6回目で完成した。
トロパンのパンドーナッツは短時間で揚げ、揚げの窯伸びを意識する。油の温度が200°Cを超えたあたりで投入し、反面が色つく前に反転しボリュームが出たら固め1分30秒で揚げ切る。酸化防止のために、まずグラニュー糖を全面に、熱が完全に取れたらグラニュー糖を上面に一線、その上にきな粉を全面に振る。昔の揚げパンのような表面のみの旨味ではなく、香りの部分、軽くしっとりとした食感、甘味と旨味ときな粉の香りとベタつかない歯切れの良さを大切に。
別オーダーで用意してあるのは、温度差で楽しむきび砂糖のクレームパティシエール。
あつあつのドーナッツに、ひんやり冷えたクリームのコントラストが味わえるはず。
きび砂糖ときな粉の香りからくる、和の雰囲気。
クラムのバターの香りからくる、フランス感。
日本とフランスの融合も楽しめるだろう。
最初に「学びをつとめ」
次に「学びを好み」
最後に「学びを楽しむ」
答えはわからないですが、井出シェフはこのような道筋になるように教えてくれたのかもしれません。