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ムヒョ!?霧氷!! 〜由布岳登山記〜

ダジャレだけは言わない人生を送ってきた。

思いつきたいとも思わないし、何かの拍子に誤って思いついたとしても、すぐに思考の溝に流し込み、決して顕在化させることはなかった。

しかし圧倒的な感動体験は、そういうポリシーみたいなものを一瞬で吹き飛ばす力がある。恥ずかしさを通り越して、タイトルにするまでの図々しさに昇華させる。

正月休みに地元の大分・別府に帰省。
由布岳を見上げながら温泉に浸かっていたら、
ふとあの山に登りたい衝動にかられた。

「あ、わし、あの山に呼ばれとるな・・」

心の声がなぜか岡山弁になっていた。
山頂部に積雪が確認できるのにも関わらず
心はもう山の頂で踊っていた。

翌日には大分市内の登山用品店に行き、
その翌々日には由布岳登山口の前に立っていた。

晴れわたる青空の中で迎えた2023年1月4日。
ただ1つ想定外だったのは、由布岳の山頂部を覆う謎の霧だ。

「あれ・・・なんか、思うてたんとちゃうぞ・・」

心の声がなぜか関西弁になっていた。
あの日、見た美しい二つの峰は両方ともすっぽり分厚い雲に覆われていた。天女が舞い踊るはずの天空の城が、ボスキャラの待つ最後の砦と化した。

なぜよりによって最大限の準備をしたうえで、あの魔界みたいな場所に登りにいくのか。思えば人生も同じであった。天国と分かっているなら登り甲斐もあるものだが、天国か地獄かもわからない場所に一生懸命登るのが人生であった。

「迷わず行けよ、行けばわかるさ」

心の声がなぜか猪木になっていた。
その後のカウントダウンはしなかった。ダジャレは思いついたとしても、「ダーッ!!」とは言わなかった。

山を登っていると鹿の群れに遭遇した。「遭遇した」というには、あまりに遠すぎた。慌ててカメラを取り出したが、もはや「ウォーリーを探せ」ならぬ「鹿を探せ」のお題写真みたいなものが撮れた。

さらに登っていくと、
次第に雪の跡が山道にちらつき始め、
ついに霧氷(むひょう)が現れはじめた。

霧氷とはWikipediaによれば「氷点下の環境で樹木に付着して発達する、白色や半透明で結晶構造が顕著な氷層の総称」らしい。

正直に白状しよう。
霧氷を見て「ムヒョ!?」とは驚かなかった。
そんな驚き方をするのはギャグ漫画くらいである。
現実で目撃するのは、宝くじに当たるのと同じくらいに難しい。

でも、圧倒的な感動体験だった。
目に映る自然のすべてが雪化粧をしていたのだ。

『小枝』のチョコを思い出した。「冬季限定版でホワイトチョコをまぶして発売してみたらどうだろう」と誰からも求められていないのに、製菓会社の開発担当者になった気分でシャッターを押した。

やがて登山道もまた雪道と化した。モンベルの店員のおばちゃんに勧められて渋々買ったアイゼン(靴の下に装着する爪)をつけた。あの時の店員が天女に思えた。天女は山頂ではなくモンベルにいた。

そしてようやく山頂近くまでやってきた。
ここですべての登山者には2つの選択肢が与えらえれる。
東の峰に登るか、西の峰に登るか。
西峰の方が鎖場もあって難易度が高いというのは事前情報で知っていた。僕は迷わず東の峰に登り始めた。

そして30分も経たぬうちに登頂。

霧の向こう側に見慣れた別府湾が確認できた。
そして実家にあったカップヌードルをすぐさま調理。

「ヤッホー!!」と言う代わりに「氷点下の中で食べるカップヌードルほど美味しいものはないよー!」と叫びたくなった。しかし、寒すぎてそれどころではなかった。でも、たしかに美味い・・・美味すぎる・・・。

そして母が用意してくれたおにぎりを取り出した。

氷点下にさらした瞬間に一瞬で冷凍しそうだったが美味かった。そして東峰から逃げるように降りると、再び、またこの分岐点の看板が現れる。

何も主張してこない。どちらに行けとも言わない。「押し付けがましさ」が微塵もない素晴らしい看板である。しかし、やはり東峰から降りてきた登山者には看板がこう語りかけてくるのである。

「で、君は西には登らないのかい?」

絶妙な距離感で。圧倒的な説得力で。

あの頂にたどり着くには、岩場の鎖に手をかける必要がある。もう初心者向きではない。ガチ登山である。手が滑れば命を落とす危険性さえある。

一瞬、鎖に手をかけて怯んでやめようとしたが、
「ここで行かずして、次はいつ行くというのだ」
という謎の声が自分の中に生まれた。
謎の声ではなく、本当の心の声だった。

トラバースといって鎖場を横にわたるようにして歩く箇所もある。足場という名のただの岩の出っ張りに1つ1つ足をかけていく。尋常じゃない緊張感。命の別れと隣り合わせの鎖道。

「一度、踏み出した以上は、もう行くしかないんだよ」

そう自分に言い聞かせるように。
まるで自分への人生訓のつもりで何度も言い聞かせながら、目の前の足場のことだけに集中した。

そして、ついにたどり着く。

迎えてくれたのは誰かがつくったかわいい雪だるまだった。

達成感が東と比べて全然違う。気づけば霧は完全に晴れて、隅々まで絶景を見渡せた。

そして東峰もしっかりとその全容を確認できた。
東西の峰を登頂した気分は最高に晴れやかだった。

無事に下山し、後ろを振り返った。

そこで初めて気づいた。
あれはボスキャラの待ち構える最後の砦ではなく、
天空の城だったのだと。

追伸
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
2023年もよろしくお願い申し上げます。
あなたにとって素敵な1年になることを願って。

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