心の中に住み着いた「将棋君」が暴れだす その27

 元奨励会員の筒美が、将棋指しになれなかった自分の人生を振り返り思い出すことを書いています。
※ 最初から読みたい方は、心の中に住み着いた「将棋君」が暴れだすから読むことをおすすめします。 
※ ひとつ前の話→心の中に住み着いた「将棋君」が暴れだす その26

 困った受験生
 高3の春ごろだったような気がするが、夕食の時、将棋ばかりやっている自分に父は言った。
「どうだね、プロの初段くらいの実力になったかね」
「今はアマチュアで指しているので、プロだとどのくらいの実力になるのかわかりません」
「アマチュアとばかり指していても足りなくないかね」
「アマチュアでも強い人はいます」
「そうか、それで、奨励会で一緒にやっていた仲間たちはどんな感じでやってるかわかるか」
「わかりません」
「でも、なんとなく噂を聞いたりしないか」
「奨励会の人とは会わないのでわかりません。自分で行っていないとわかりませんよ。自分で辞めさせたくせにどうしてそうしつこく聞くんですか」
 「自分で辞めさせた癖に」というのが失言だった。まだ高校生だったので仕方がないのかもしれないが、もっと相手を刺激しない言い方をするべきだった。あるいは、基本的には「わかりません」ばかり言うとか、真面目に何を言うべきか考えているようなふりをしてなるべく無言で通す、といった方法もあった。
 父は激高して「大山升田ふーぬぼれんなふーぬぼれんな。大山升田みたいになれるわけヌアーイじゃないか。大山升田ふーぬぼれんな。大山升田ふーぬぼれんな…」と同一フレーズ連呼を始めた。何とも言えない虚無的ないやらしい目つきをして、何度も何度も「ふーぬぼれんな」を繰り返し繰り返し言い続けている。どうもスイッチが入って止まらなくなってしまったようだ。どうもこの相手にああいう発言は失言だったな。こうなったら、ひたすら黙って耐える以外に方法はない。最初からあんなことは言わないで、何を答えたらいいかわからないようなふりをしてひたすら黙って耐えていた方がよかったな。と思った。
 自分は、何も言わずひたすら「ふーぬぼれんな、ふーぬぼれんな」の連呼に耐えながら残っている食事を食べることに専念し、できるだけ素早く食べ終え「ごちそうさまでした」と言うと、父は「けっとばすぞー、けっとばすぞーけっとばすぞー」と「けっとばすぞー」の連呼を始めた。
 今だったら、「それはいいことかもしれません。けっとばしてください」などと言いたくなるかもしれない。そして父がどうしようかと迷っているところを見て「『けっとばす』と言ったんだから、ちゃんと自分の言ったことを実行して下さいよ。実行しないと嘘つきになってしまいますよ。嘘つきになるのが嫌だったら早く言ったことを実行しろ」なんて言いたくなるかもしれないが、実際には言えないかもしれない。それと、もし実際に父から蹴られたら「ちゃんと口で言ったことを実行することができましたね。偉い」なんて言いたくなるかもしれないが、これも実際には言えない可能性が高い。
 その時は、そういう発想は浮かばず、「うっとしいなあ」と思いながらただ黙って下を向いているだけだったが、父の言葉が途切れた時に食堂を出て行った。
 母はその一部始終を、何も言わず青ざめた顔をして見ていた。

 この頃は、「アマプロ戦が見たい」「アマプロ戦があった方がいいんじゃないか」という機運が一部の将棋ファンの間で高まっていて、実際にアマプロ戦が行われ始めていた。アマチュアで強くなってアマプロ戦に参加してプロを負かせばプロになれるんじゃないかと思い、そのためにはまずアマチュアの大会で優勝してアマプロ戦に出られるようになりたいと考えていた。
高校3年生なのに将棋ばかりやっている困った受験生だったが、将棋は年をとってから努力しても強くなれないようなので、「とにかく将棋をやるのは今しかない」と考えていた。
 それで、首都圏で行われるアマチュアの大会にはほとんど毎回のように参加していたが、どうも勝てなかった。自分も、奨励会5級の頃よりはかなり強くなっていたはずなのだが、やはりその当時もアマチュア強豪というのはかなり強かったのだろう。
 結局、高校3年の時にアマチュアの大会で地区代表(都道府県代表など)になることはできなかった。

※ 次の話→心の中に住み着いた「将棋君」が暴れだす その28

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