心の中に住み着いた「将棋君」が暴れだす その24
元奨励会員の筒美が、将棋指しになれなかった自分の人生を振り返り思い出すことを書いています。
※ 最初から読みたい方は、心の中に住み着いた「将棋君」が暴れだすから読むことをおすすめします。
※ ひとつ前の話→心の中に住み着いた「将棋君」が暴れだす その23
藤代将棋クラブ
その次に行ったのは藤代将棋クラブだった。
ビルの5階くらいにあり、藤代先生という準棋士の方と、島村さん(仮名)という助手のようなことをしている方の二人で経営していて、将棋盤が10面くらいの小ぢんまりとした将棋クラブだった。
エレベーターを開けて中に入るとメガネをかけて顔色がよくない地味な感じの中年の男性から、「どのくらい指すの」と言われた。それが、藤代先生だった。「4段くらいだと思います」と言うと「ちょっと待っててね」と言われた。
お客さんは自分以外に誰もいなくて、詰将棋の話などをするのが好きな飄々とした感じの中年の男性がいろいろと頭の中にある詰将棋の問題を盤上に並べてくれて、それを解いて遊んでいた。その人は島村さんという名前で藤代先生の助手のようなことをしていた
しばらくすると20代の若者がふらっと入ってきた。
自分の時と同じように藤代先生が「どのくらい指すの」と聞いた。
その若者は、「5級くらいだと思います」と答え「それじゃあ2枚落ちで指してみようか」と藤代先生が言った後、若者が席料を払い、駒落ち対局が始まった。
対局が始まると、途中から若者がだんだんと長考を繰り返すようになり、藤代先生がだんだんとイライラし始め、どうも見ていて、雲いきがおかしい感じだった。
そして、若者がかなりの長考に入ると藤代先生が切れて、「あんた、こんな局面で考えてもいい手が浮かぶわけがない。こんな局面でそんなに考えちゃだめだ。少しは相手のことも考えたらどうだ」と怒鳴った。
若者は、口の中でぶつぶつと何かをつぶやいてから、いきなり立ち上がって帰ってしまった。
島村さんが、「席料を返さないと」と言って立ち上がり追いかけようとすると、藤代先生は渋い声で平然と、「いや、いい」と言い、それを聞いて島村さんは椅子に座った。
藤代先生は、「あんなに考えてもしようがない場面で考えなければ負けてやるのに、無意味な長考をしやがる」と憤った口調で吐き捨てるように言った。
自分は、あっけにとられて見ていた。例えば下村先生だったらもっとうまくやるだろう。たぶん、ここではこんな手を指してはどうかな。なんてごちゃごちゃと旨いこと言うかもしれない。と思った。
今だったら、客商売なのにあんなに威張っていてよくちゃんと自分の将棋道場を構えてやっていかれるなあ。まったく将棋クラブの経営というのはゆるい商売だなあ。などと思うことだろう。当時はまだそんなことを考えるようなことはなく、その場で展開されている流れが意外だったのであっけにとられていた。
藤代将棋クラブはその後まもなく閉鎖されたらしい。経営状態があんまりよくないから藤代先生はああいう投げやりな態度だったのだろうか。というよりは、やはりああいう投げやりな態度だから経営がおかしくなったという順序が正しいのかもしれない。指導力がありそうな人だったので、惜しい話だったと思う。
結局、藤代将棋クラブでは1局も指さず、島田さんから席料は払わないでいいと言われたので、言われたとおり払わなかった。
藤代先生は、強いアマチュアを相手に商売をするノウハウがなく、自分のような客が来るともてあましてしまうようだった。
島村さんは帰り際に、「この近くに新宿天狗クラブという将棋クラブあり、そこで毎日賞金5千円トーナメントをやっている」ということを教えてくれた。
「もし勝ったら、教えてあげたのだから2千円よこしなさい」と言われ、「そんなもんかなあ」と思った。
※ 次の話→心の中に住み着いた「将棋君」が暴れだす その25
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