もしスナックのマスターがドラッカーの『プロフェッショナルの条件』を読んだら 第8話(番外編) 振り飛車が嫌いな男(その2)
10年くらい前に流行った『もしドラ』を意識して書いた小説です。
自分がよく行くスナックで行われていることを脚色して書きました。
『もしドラ』と違って、テーマごとに違う話が展開する短編連作です。
※ 第1話から読みたい方は、もしスナックのマスターがドラッカーの『プロフェッショナルの条件』を読んだら 第1話 仕事の仕方と学び方から読むことをおすすめします。
※ ひとつ前の話→もしスナックのマスターがドラッカーの『プロフェッショナルの条件』を読んだら 第8話(番外編) 振り飛車が嫌いな男(その1)
第8話(番外編) 振り飛車が嫌いな男(その2)
「俺が大学の2回年の10月頃から、将棋部の部室にいくとたいていKという男がいるようになった。
Kは中肉中背で黒縁のメガネを掛けた真面目そうな男。顔はどちらかと言えば細面で、少し神経質そうにも見えた。
俺がKと指してみるとだいたい棋力は同じくらい。勝ったり負けたりだったので、Kは、俺の好敵手になった。
将棋の戦型を大きく二つにわけると、居飛車と振り飛車がある。
居飛車の方が自分から主導権をとって戦うことが多い本格的な戦型で、振り飛車の方が相手の出方を見ながらうまく相手に対応して戦うことが多い柔軟な戦型だ。と考えるのが一般的だ。
Kは絶対に振り飛車は指さず、俺はどちらかと言えば振り飛車党だったので、俺とKが指すと、たいてい「Kが居飛車、俺が振り飛車」という戦型になった。
俺が振り飛車を指すと必ずと言っていいほどKは、「また、振り飛車を指すのか。振り飛車なんか邪道だ。そんな不真面目な戦法は止めた方がいい」と言った。
そして、振り飛車が駄目な戦型であることを証明するためなのか、物凄い気合いで真剣に対局に臨んだ。
一方俺は、振り飛車が居飛車よりも優秀な戦法だと思っていたわけではないのだが、居飛車も振り飛車もそれぞれ優秀な戦法で、どちらを選んだからと言って有利になるわけではないと考えていた。
が、一方的に振り飛車が駄目な戦法だと考える見方には大反対だったので、Kの考え方を否定するために意地になって振り飛車ばかりを採用し、真剣に指した。
11月12月と毎日のように部室で指し続け、1月は試験があったので少し控えていたが、2月以降春休み入ると、春休み中にもかかわらず毎日のように部室にやってきて二人で指し続けた。
俺にとってKは本当に好敵手だった。俺が少しでもいい加減な手を指すとすかさずとがめられる。真剣に考えて自分なりにベストの手を指していても、常にこうこられると一番困るという手を指されたし、時には予想外のうまい手を指されるともあった。Kと対局すると、一手一手少しも油断できないだけに将棋に集中できる。
ただし、なんとなく不思議な事はあった。俺が部室に行くとほとんど毎回Kはいたのだが、俺はKとは部室以外の場所で一度も会ったことがなかった。また、対局が終わると必ず、俺が先に部室を出た。
少し変だと思ったこともあったが、たまたま二人の行動パターンがそうなっているのかなと思い、深く考えたことはなかった。
それと、俺とKが指し始めると他の部員は怪訝な顔つきになり、なんとなく居づらそうにしていて、そのうちだんだんと部室を出ていくことが多かった。
そうしたことはあったのだが、Kが部室にいることによって俺は飛躍的に将棋が強くなったし、もちろんKの方も強くなった。
大学将棋の公式戦は個人戦と団体戦がある。
個人戦は、個人個人が参加するトーナメント戦で優勝するのは一人。決勝に近づくと同じ大学同士で当たることもある。
団体戦は、各大学7人が出場する総当たり戦。柔道などと違ってすべての試合が同時に行われるので7人戦だったら4勝以上したチームが勝つ。
俺はその大学の将棋部では棋力が一番高く、団体戦では毎回大将と呼ばれる、普通はその大学で一番強いメンバーが座る一番端の席で指していた。普段自分の大学の部室では同じくらいの棋力の相手がいなかったので、Kが現れて毎日のように指せるようになりとても楽しかった。
Kは前に言った通り、その前の年の秋頃から部室に顔を出すようになり、それ以前はあまり来ていなかったのでまだ団体戦も個人戦も出たことはなかった。
4月の初めに俺は、将棋部のその時の部長に、Kは自分と同じくらい強いのだから団体戦に出すべきだと進言した。
部長は困ったような顔をして、「でも、Kはあんまり公式戦には出たくないんじゃないか」
と言った。
俺は、Kから直接それについて聞いたことはなかったが、部長がそう言うのならそうなのかなと思い、それ以上その話はしなかった。
※ 次の話→もしスナックのマスターがドラッカーの『プロフェッショナルの条件』を読んだら 第8話(番外編) 振り飛車が嫌いな男(その3)