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荻堂顕『不夜島』、柴崎友香『続きと始まり』…紙魚の手帖vol.15(2024年2月号)書評 瀧井朝世[文芸全般]その1

【編集部から:この記事は東京創元社の文芸誌〈紙魚の手帖〉vol.15(2024年2月号)掲載の記事を転載したものです】


 戦後の与那国島よなぐにじまを主な舞台に、身体の大部分を機械化された密売人が謎のミッションに挑むサイバーパンク。荻堂おぎどうあきらの新作不夜島ナイトランド(祥伝社 一八〇〇円+税)である。

 新潮ミステリー大賞出身の荻堂だがミステリーにこだわっているわけではないようで、前作『ループ・オブ・ザ・コード』は文化や言語が〝抹消〞された架空の国を舞台にしたSF大作だった。本作もSFで、アクションあり、頭脳戦ありの冒険活劇だ。

 主人公の武庭純ウー・ティンスンは台湾出身の密売人。幼い頃にアメリカ軍に命を救われ、電脳を含め身体の大半を機械化されているが、見た目は生身の人間だ。アウトローのようにふるまう彼だが、アメリカ軍からの指令には逆らえず、ある時コンタクトしてきたアメリカ人女性から、〈含光ポジティビティ〉なる謎の代物を手に入れるよう言い渡され、仲間を集めて行動を起こすのだった。

 当時、台湾との密貿易が盛んだった与那国島の港付近には料亭や飲み屋、商店などが密集していたようで、猥雑わいざつな町の空気が丁寧ていねいに描写されていく。そこを身体の一部を機械化した人間たちがうろついているわけだが、一方で、戦争や暴力で身体の一部を欠損しても機械化を拒む青年らも登場し、次第に〝自分が自分である〞とはどういうことか、アイデンティティを巡るテーマが浮かび上がる。そしてそれはそのまま、歴史に翻弄ほんろうされた琉球りゅうきゅうや台湾自体にも重なっていく。思えば『ループ・オブ・ザ・コード』も故郷を捨て根無し草のように生きてきた男が主人公だった。自己の同一性の揺らぎというのは、この著者にとって大きなモチーフなのだろう。

 柴崎しばさき友香ともか『続きと始まり』(集英社 一八〇〇円+税)はコロナ禍の二年間の、別々の場所で暮らす三人の日常をつづっていく長篇。

 大阪出身で一時期は東京で働き、今は滋賀で夫と子供二人と暮らす三十代の優子ゆうこ。東京で妻と幼い子供を育てているが、勤務先の飲食店が休業状態の三十代の圭太郎けいたろう。東京のフリーのカメラマンで、知人のヘアメイクが作った写真館の仕事を手伝っている四十代のれい。それぞれ異なる立場で、緊急事態宣言など感染症拡大の影響を受けている。

 読んでいるとあの時期の出来事を久々に思い出したりもするのだが、しかしこれはもちろん、単なるコロナ禍の日常の記録書ではない。三人の個人的な事情やそれによる心の揺れが丁寧に描かれて読ませる。そのなか、遠い昔の苦い思い出や過去の震災当時の記憶も、彼らの胸を去来する。

 いろんな出来事が起きて、なにも終わっていないのに次々とまた何かが始まっていく。それは一人の人生の中でも、人の歴史の中でもいえることだ。戦争、災害、社会制度、古い価値観と更新された価値観……。何かが続いているなかの今という時点に自分たちは生きており、自分たちの行動の先に未来がある。それをじわじわと実感させる内容である。作中には何度もポーランドの詩人、シンボルスカの作品が象徴的に引用される。

 最後にははっとさせる〝いつか〞の場面が出てくる。自分たちの人生はいつでも、何かとつながっていると思わせる。


■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』、編纂書に『運命の恋 恋愛小説傑作アンソロジー』がある。


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