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【創立70周年記念企画】エッセイ「わたしと東京創元社」その12:今村昌弘、越前敏弥、大倉崇裕

東京創元社では2024年の創立70周年を記念し、文芸誌『紙魚の手帖』にて豪華執筆陣による特別エッセイ「わたしと東京創元社」を1年間にわたり掲載しました。

第12回は、『紙魚の手帖』vol.20(2024年12月号)に掲載されたエッセイ(その1)をご紹介いたします。



今村昌弘 Masahiro Imamura

 東京創元社はたぶん変な出版社である。社員はほぼほぼミステリーかSFマニアで、重版が決まると編集者が踊りを舞い、社長がパンを焼いたかと思えばなにかにつけて赤飯が炊かれたりもする。毎年の贈呈式では参加者が合い言葉のように「フォアグラ丼食べました?」とささやき、デビュー時の話になると鮎川あゆかわ哲也てつや賞受賞者は賞金がなかったことを鬼の首を取ったかのように語る。

 宣伝の大部分を公式キャラクターのくらりに依存しており、外回りの際は各営業部員がマイくらりを所持し、全国の書店員に布教しつつ書籍や風景とくらりを撮影しては時々どこかに置き忘れてくる。社内会議がどこまで機能しているか疑問だが、グッズの製作に関しては驚くべきスピードで進行する。

 そんな変な出版社が七十周年を迎えたというのだから世界もヘンテコなのだろうし、僕も変な作家としてお祝いの言葉を贈らせていただこう。おめでとうございます。

1985年長崎県生まれ。岡山大学卒。兵庫県在住。2017年『屍人荘の殺人』で第27回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。同作は『このミステリーがすごい!2018年版』、〈週刊文春〉2017年ミステリーベスト10、『2018本格ミステリ・ベスト10』で第1位を獲得し、第18回本格ミステリ大賞〔小説部門〕を受賞、第15回本屋大賞第3位に選ばれるなど、高く評価される。シリーズ第2弾『魔眼の匣の殺人』、第3弾『兇人邸の殺人』も各ミステリランキングベスト3に連続ランクイン。2021年、テレビドラマ『ネメシス』に脚本協力として参加。他の著書に『でぃすぺる』『明智恭介の奔走』がある。


越前敏弥 Toshiya Echizen

 創立七十周年、おめでとうございます。

「わたしと東京創元社」というお題をいただいたのは二度目で、十年前の創立六十周年の折にも書かせてもらった。そのときは、デビュー当時に伝説の編集者Mさんの一万本ノックで鍛えられた話を書いた。

 となると、今回はTさんの話かな。いや、伏せ字は無用。Mは松浦まつうら正人まさとさんで、Tは編集長・社長を経て、いまもときどき企画を立てていらっしゃる戸川とがわ安宣やすのぶさんだ。

 戸川さんとは創立五十周年のパーティーではじめてお会いしたあと、金沢でレーン四部作の読書会をいっしょにやったり、名古屋の『黒後家蜘蛛の会』読書会にゲストでお招きしたり、「翻訳家交遊録」というウェブ連載記事を書いていただいたり、なぜか唐突にうまい棒や、戸川さんの地元の名物「まずい棒」を送ってくださったり、とにかくいろいろとお世話になっている。

 なのに、実は創元では一度も仕事をしていない。創立八十周年を迎える前に、超伝説の編集者・戸川安宣さんと翻訳書の仕事をさせてもらうのがわたしの大きな夢のひとつだ。いつか実現しますように。

1961年生まれ、東京大学文学部卒業。英米文学翻訳家。ダン・ブラウン『ダ・ヴィンチ・コード』『オリジン』、エラリイ・クイーン『災厄の町』『フォックス家の殺人』『十日間の不思議』、フレドリック・ブラウン『真っ白な嘘』『不吉なことは何も』など訳書多数。主な著書に『翻訳百景』『文芸翻訳教室』『この英語、訳せない!』などが、共著に『シートン動物記で学ぶ英文法』などがある。


大倉崇裕 Takahiro Okura

 東京創元社との運命的な出会いが三度ある。一度目は高校生の時だ。国語の教師に「週に一冊は本を読め!」と言われ、それまで読書経験がほとんどなかった私は困り果てていた。できたばかりの大型書店を彷徨さまよっている時、ふと目に留まったのが、ドン・ペンドルトンによる「マフィアへの挑戦」という文庫のシリーズだった。家族を死に追いやったマフィアに対し、ベトナム帰りのマック・ボランがたった一人で闘いを挑む――という内容だ。ハードで軽快、瞬く間にとりことなった私は、シリーズ全二十冊を読み切り、気がつけば読書への抵抗がまったくなくなっていた。そして、「マフィアへの挑戦」の出版社こそが、東京創元社だった。この出会いがなければ、その後のミステリーとの出会いもなかったかもしれない。ところで、このシリーズは全三十八巻。翻訳されたのは二十巻。残る十八巻、いつか翻訳して下さい。もう四十年待っています。

 東京創元社との運命的な出会い、二度目は……また別の機会に。

1968年京都府生まれ。学習院大学法学部卒業。97年「三人目の幽霊」で第4回創元推理短編賞佳作に入選、翌年「ツール&ストール」で第20回小説推理新人賞を受賞。2001年に最初の著書となる『三人目の幽霊』を刊行する。他の著書に『七度狐』『やさしい死神』『聖域』『白戸修の事件簿』『オチケン!』『小鳥を愛した容疑者』『夏雷』『スーツアクター探偵の事件簿』『樹海警察』『琴乃木山荘の不思議事件簿』『死神刑事』『一日署長』などがある。


本記事は『紙魚の手帖』vol.20(2024年12月号)に掲載された記事「わたしと東京創元社」の一部を転載したものです。