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伊吹亜門×羽生飛鳥×戸田義長 交換日記「歴史本格ミステリ探訪」第8回:羽生飛鳥(その3)

東京創元社出身の時代ミステリ作家3名による交換日記(リレーエッセイ)です。毎月1回、月末に更新されます。【編集部】



10月 羽生飛鳥(その3)

私が七月に担当した日記にて、二十年ほど前に鎌倉で一度目撃した「☆清明塚せいめいづか」がわずか一日で消えてしまったばかりか、数年前に探すと「安部清明あべのせいめい大神」という別物の石碑になってしまっていたという、いわゆる日常の謎を出題した。
そう書くとものものしいが、実のところ、出題者本人も解答を知らないという、何とも締まらない話だった。

それが先月の日記にて、伊吹亜門先生が華麗なる推理を披露され、引き締めて下さった。
私の作品で、いまだかつてこんなに豪華な探偵役がいただろうかという点でも感動したが、さらに感動したのは推理の方だ。
清明塚の周りにあった無銘の石碑群の謎まで回収するという、細部にまで行き届いた論理的な解答に、長年釈然としなかった謎から解放され、今は清々すがすがしい気持ちでいっぱいだ。

ところで、伊吹先生は「決めつけと飛躍が多い推理」と謙遜なさっていたけれども、私が目撃した清明塚が旧日本陸軍関連の遺物である可能性は無きにしも非ずだ。
鎌倉市の隣に位置する藤沢市には、戦時中に旧陸軍歩兵第四〇一連隊坑道が造られていた。その場所は、日蓮にちれん龍ノ口たつのくち法難ほうなんの舞台となった龍口寺りゅうこうじの裏山にあたる。
中世と近現代が交錯している湘南地域という歴史的・地理的背景の両方を併せてかんがみるに、「私が目撃した清明塚=旧陸軍関連の遺物」説は、決めつけと飛躍が多いどころか、大いにあり得る解答だ。
伊吹先生、紛うことなく名探偵です! 

さて、鎌倉市の隣にある藤沢市で思い出したのが、この地にある白旗しらはた神社だ。この神社には、義経よしつねの首洗いの井戸がある。
以前、資料の読み比べをしていて、義経と平頼盛たいらのよりもり三日みっか平氏へいしの乱の頃なら都にいた時期が重なることを突き止められた。
そこで、義経関連の歴史をさらに調べていったところ、義経の首洗いの井戸がある白旗神社が浮上、取材しに行くことに決めた。

執筆時は、主に資料に拠るところが多い私が取材する気になった最大の決め手は、駅から一本道で歩いて行けるという、重度の方向音痴と乗り物酔い持ちである神奈川県民にとって、非常に優しい立地条件だったからだ。
前情報によると、神社の前を流れている川に、首実検後に捨てられた義経の首が流れてきたので、それを弔うために建てたのが白旗神社だという。いわれには諸説あり、鎌倉から弁慶べんけいの首と共にこの地に飛んできたからまつった、金の亀が甲羅に義経の首を乗せて運んできたから祀った等の伝承も残されている。

これらのいわれから、白旗神社はいわゆる怨霊の鎮魂を目的として創建されたことがわかる。
ならば、さぞかしおどろおどろしく禍々まがまがしい雰囲気に包まれた地だろう。あわよくば、自分の作風に伝奇ホラー要素を取り入れられるかもしれない。そんな淡い期待を密かに抱いて、現地へ向かった。
だが、現実の白旗神社は、予想に反して明るくさわやかな雰囲気だった。
首洗いの井戸はおろか、源義経鎮霊碑に至るまで、おどろおどろしさや禍々しさを微塵みじんも感じさせない九月の残暑の光に包まれている。
隣にある保育園からは活気にあふれた幼子らの声が漏れ聞こえ、幸福感さえ満ち満ちていた。
地元の方々、鎮魂に大成功していらっしゃる……! 
それは、「密かに抱いていた淡い期待・完」の瞬間でもあった。

しかし、せっかく取材に来たのだから、手ぶらで帰りたくはない。せめて義経の首が弔われた地を撮影していこうと気を取り直した。
ところで、昔読んだ心霊現象関連の本に、「霊が猛威を振るっている場所では、写真撮影ができなくなる」と書かれていた。
私が首洗いの井戸にスマホを向けた時、まさにその現象が起きた。
歴史本格ミステリの取材に来て、まさか怪談ミステリのネタをつかめたか! 
新ジャンルへの挑戦も捨てがたい。そう胸が高鳴った時、スマホの画面にメッセージが出た。
《電池残量がありません》
……現実とは、得てしてこういうものだ。

現代文明の壁にぶち当たり、結局私の取材は手ぶらで終わった。ただ、私にはやはり資料調べの方が性に合っていると学べた点では、無収穫ではなかった……かもしれない。
歴史本格ミステリの執筆に、いまだ試行錯誤の日々を送る羽生飛鳥ですが、これからも見守っていただければ幸いです。


【連載バックナンバー】

3月 伊吹亜門(その1)

4月 羽生飛鳥(その1)

5月 戸田義長(その1)

6月 伊吹亜門(その2)

7月 羽生飛鳥(その2)

8月 戸田義長(その3)

9月 伊吹亜門(その3)


■伊吹亜門(いぶき・あもん)
1991年愛知県生まれ。同志社大学卒。2015年「監獄舎の殺人」で第12回ミステリーズ!新人賞を受賞、18年に同作を連作化した『刀と傘』でデビュー。翌年、同書で第19回本格ミステリ大賞を受賞。他の著書に『雨と短銃』『幻月と探偵』『京都陰陽寮謎解き滅妖帖』『焔と雪 京都探偵物語』『帝国妖人伝』がある。

■戸田義長(とだ・よしなが)
1963年東京都生まれ。早稲田大学卒。2017年、第27回鮎川哲也賞に投じた『恋牡丹』が最終候補作となる。同回は、今村昌弘『屍人荘の殺人』が受賞作、一本木透『だから殺せなかった』が優秀賞となり、『恋牡丹』は第三席であった。『恋牡丹』を大幅に改稿し、2018年デビュー。同じ同心親子を描いたシリーズ第2弾『雪旅籠』も好評を博す。その他の著作に『虹のはて』『吉原面番所手控』がある。江戸文化歴史検定1級。

■羽生飛鳥(はにゅう・あすか)
1982年神奈川県生まれ。上智大学卒。2018年「屍実盛」で第15回ミステリーズ!新人賞を受賞。2021年同作を収録した『蝶として死す 平家物語推理抄』でデビュー。同年、同作は第4回細谷正充賞を受賞した。他の著作に『揺籃の都 平家物語推理抄』『『吾妻鏡』にみる ここがヘンだよ!鎌倉武士』『歌人探偵定家 百人一首推理抄』がある。また、児童文学作家としても活躍している(齊藤飛鳥名義)。


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