【名探偵の書き方】櫻田智也さん×今村昌弘さんトークイベントレポート【その2】
◇名探偵のルール
――お二人の描く名探偵、魞沢(えりさわ)くんと明智さんを書くうえでのルールはありますか?
櫻田:僕はミステリを読んでいて、どうしてこの人に依頼が行くのか気になるタイプなんですよ。魞沢泉は誰かに依頼される名探偵でもないし、職業探偵や警察でもない。その疑問を解消するために、事件を求めていたり、頼まれて解決しているのではなく、虫を探してフラフラしている旅の途中で事件に巡り合ってるということにしています。魞沢が事件に関わる動機の描写は、シリーズでは外さないようにしてますね。
今村:作家視点で見ると難しそうだなって思うのが……すごいハードルを上げるようで申し訳ないんですけど、魞沢自身が事件に関わることで、関係者に影響を与えていないか気にしてますよね。事件に関わるスタンスは変化していないけど、過去の魞沢くんとは考え方が違うので、以前の魞沢くんが登場する話では以前の価値観に戻さなくちゃいけない。
櫻田:本当に悩んでて、難しいよー。結果、立ち行かなくなる部分もちょっとあるなと思って。で、『六色の蛹』最終話をああいうふうにしました。今まで魞沢が他人に対して使ってた論法が全部魞沢くんに跳ね返ってきて、彼自身がぺしゃんこになる。一度、シリーズをリセットする気持ちもありました。
今村:僕も『兇人邸の殺人』は剣崎比留子と葉村譲の関係性をリセットしようと思ってましたよ。
櫻田: 3 冊もシリーズを書くと、キャラクターが当初の思惑とは違った動き方をしてきて、書き手が立ち行かなくなる危機に直面するんだよね(笑)
今村:『屍人荘の殺人』での出来事があったから、『兇人邸の殺人』で一度、葉村がどういう姿勢で事件に臨むかを整理しておきたかったんですよね。毎回捜査に向かうまでバタバタして、5、6 作目になっても「僕は事件は……」と言っていたら、そろそろ腹をくくろうよ! と思う(笑)。
――明智恭介のルールはいかがでしょう?
今村:明智には、一話ごとに違う失敗をさせています。探偵事務所の話では、人への接し方を間違えたり、先走って捜査をして怒られたりしていますね。違う真相に飛びついたと思いきや、本当の真相に迫っていたり。失敗のバリエーションで悩むこともあるんですけど、根本的な悩みは時間制限ですね。事件を作れば作るほど、明智たちは高頻度で事件に遭遇してることになってしまう。編集者からは「大学に入る前の明智を書きましょうよ」と言われたんですけど、そうしたら葉村が出てこないし。
◇初めて読んだ東京創元社の本
――ここで質問を変えます。東京創元社が今年創立 70 周年でして、それにちなんで弊社刊行物の中で思い出のある本、あるいはおすすめの本を 1 冊教えていただけますか?
櫻田:一番最初に読んだ東京創元社の本は『黄色い部屋の謎』(ガストン・ルルー)でした。100 年以上前の古典ですけど、綾辻行人さんの『十角館の殺人』の中に「ルルー」っていう登場人物が出てきて、その影響ですね。ほうほうどれどれ……と読んでみました。まず謎の設定が魅力的で、その解決も明快な名作のため印象に残ってます。
今村:『屍人荘の殺人』を書く前に一番研究したのは有栖川有栖さんの『孤島パズル』ですけど、何回か言及しているので今回は違う作品を……。僕はミステリを本格的に読み出したのが20 代後半で、東京創元社の本を読み出したのもそれぐらいの時期なんです。でも実は一作だけ、高校生の時に米澤穂信さんの〈小市民〉シリーズ、『春期限定いちごタルト事件』は読んでたんです。
もともと『氷菓』(角川文庫)から読み始めて、その流れで『春期限定いちごタルト事件』も主人公が高校生だと知ったんだったかな。当時はミステリというものがどんなジャンルなのかもわからないまま、米澤さんの本というだけで買いました。でもすごく面白かったから、もう一冊買って姉の誕生日にプレゼントしたぐらい、思い入れがありますね。
◇気になるシリーズの今後は?
――ありがとうございます。では最後にシリーズの展望についてお聞かせください。
櫻田:〈魞沢泉〉シリーズは続ける予定で、もういっそ○○して××した■■の話を書いてもいいかな、とか考えてます。
今村:えっ! そのネタ、いま言わないほうがいいんじゃないですか……?
櫻田:ここに集まってくれたのが僕の全読者ではないから、大丈夫。さすがにもうちょっといると思う(笑)
今村:東京創元社での次作は、剣崎比留子シリーズの長編です。なるべく早いうちに出したいと思いますので、期待しながら待っていてもらえると嬉しいです。
◇読者さんからの質問コーナー
――次は読者の皆様からの質問コーナーです。「作家さんのルーティーンや執筆方法について。プロットは作りますか?」
今村:僕はかなりきっちりプロットを作ります。 全体の四分の一の長さまでにこの事件を起こして、どの段階でどの手がかりが明らかになる、とかまで。短編でもそうですね。
櫻田:僕はプロットを作る作業をしたことがないです。だから書くの遅いのかな……? 今日書いた部分でも、一日後にやり直すこともよくあります。最初の部分が納得いかないと先に進めないんですよね。書き出しって恰好つけちゃうので。その恰好つけがなくなるまで、何度も書き直しながら、着地点に向かう道筋を色々試してるみたいな感じですね。
――次の質問です。「執筆の「おとも」はありますか?」
櫻田:僕はチョコレート。
今村:やる気だそうと思ってコンビニでグミを買ってきて、食べ終えて、何も進んでないことばかりです。
――続いて「ミステリ作家さんは普段何を考えてるんですか?」
櫻田:皆さんが想像してるほど、日常の中でヒュッと何か思い浮かんだり、何か降ってきて作品になることはないですね。
今村:ないない。考えて考えて、ひねり出すことも多いです。『兇人邸の殺人』は、最後の展開ができる間取りがなかなか決まらなくて、多分一年以上、そのことだけ考え続けてました。カフェで、前回は思い浮かばなかったんだけど、今回はもしかしたら要素が繋がるかもしれない……と思いながらノートに毎回同じあらすじを書くんです。僕は成果の出てない日のほうが多いですね。
櫻田:頭の片隅でミステリのことを考え続けていると、突然すごくシンプルな道筋が思い浮かんだりするんだよね。そこからさらに時間をかけてそぎ落としながら、シンプルに書く方法が見つかると最高です。
――キャラクターについての質問です。「魞沢くんは甘党で、葉村くんはクリームソーダが好きですが、そうした設定はいつ頃決めていますか?」
櫻田:魞沢くんがエクレアを食べていたのは、オチに必要だったからですね。フランス語のエクレアには「明るい、光、閃光」という意味があるんですけど、それをラストに登場させたいと思って出しました。
今村:クリームソーダも同じです。葉村がコーヒーアレルギーだという話を書くために、喫茶店で飲むものを考えました。
たまに、キャラクターの誕生日をご質問いただくこともあるんですけど、僕はそういう設定を作らないんですよ。明智たちは僕の分身ではなく、僕の知り合いみたいな感じで書いているから。
知り合いが食べているものはわかるけど、誕生日は知らないことも多いじゃないですか? 僕の作品で登場人物の誕生日が出てきたら、それはトリックに絡むときかも(笑)
――ありがとうございます。最後に読者の皆様に向けてメッセージをお願いします。
今村:今日は櫻田さんの貴重なお話を聞けるということで、自分も楽しみにしていました。普段の執筆作業は一人なので、読者の方と会える時間が我々の心の支えになります。これからも応援をよろしくお願いします。
櫻田:北海道に住んでいることもあって、皆さんの前でお話しする機会はま初めてで、すごく緊張した結果、喋りすぎてしまいました(笑)。僕の本を読んでくれて、その話を聞きたくて集まってくれた空気感を部屋に入った瞬間に感じて、とても楽しかったです。ありがとうございました。
【おしらせ】今村昌弘さんトーク&サイン会開催
11月9日(土)、枚方蔦屋書店にてトークイベントがございます。
こちらでは「ミステリ作家ってどんな仕事?」(+「編集者ってどんな仕事?」)をテーマに、読者の方が気になる作家生活について語っていただく予定です! 参加特典、詳細は下記からご確認ください。
みなさまのご参加をお待ちしております!
――そしてこのイベントレポートはまだ続きます!
(その3)では、お二人が好きな名探偵が登場する作品をご紹介。