
阿津川辰海『黄土館の殺人』、芦辺拓・江戸川乱歩『乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび』…紙魚の手帖vol.16(2024年4月号)書評 宇田川拓也[国内ミステリ]その1
【編集部から:この記事は東京創元社の文芸誌〈紙魚の手帖〉vol.16(2024年4月号)掲載の記事を転載したものです】
どれだけ旬の具材を豊富に揃えても、必ずしも美味いものが出来上がるとは限らない。調理がいまいちでは、それぞれの風味や食感も活かされず、すっかり台無しになってしまうこともある。その点、阿津川辰海 『黄土館の殺人』(講談社 一二〇〇円+税)は、六百ページを超えるボリュームでも「よく収まったな」と思ってしまうほど盛りだくさんの内容ながら、その調和の取れた仕上がりは、まさに具材を知り抜いた一流の料理人が作る料理のごとし、である。
大晦日、世界的な芸術家である土塔雷蔵への復讐を決行すべく、会社員の小笠原は雷蔵の邸宅である「荒土館」を目指す。ところが地震により、唯一の道が土砂崩れで寸断。計画を断念せざるを得なくなる。すると、土砂の向こうから女の声が。女は自分が雷蔵を殺すので、小笠原に町で唯一の旅館の若女将を殺して欲しいと交換殺人を持ち掛ける。
こうして小笠原はその旅館へ向かい、宿泊客として滞在しつつ若女将の殺害を目もく論ろむが、そこで自称〝名探偵〞の学生――葛城輝義と相部屋に。葛城もまた友人ふたりと荒土館に向かっていたが、地震による土砂崩れで引き離されてしまったのだという。荒土館にいるはずの友人たちの身を案じる葛城。しかし、余震が繰り返すなか、荒土館では土塔家のひとびとを襲う凄惨な連続殺人が……。
本作は災害によって孤立した館を舞台にしたシリーズの第三弾で、『紅蓮館の殺人』では山火事、『蒼海館の殺人』では水害、そして今回は地震が特異な状況を生み出すことになる。
第一部では小笠原の殺人計画とそれを阻む葛城の攻防が旅館で繰り広げられ、第二部では名探偵不在のなか、白い仮面の執事が闊歩する城館で不可解な殺人が続く(大掛かりな仕掛けに注目!)。隔てられたふたつの舞台の展開がどのように収斂し、まさかの犯人と推理だけでは見抜くことのできない動機を、どのように明らかにするのか――といった読みどころに加え、シリーズを通したテーマである「名探偵」についても進展があり、最後の最後まで目が離せない。「地水火風」になぞらえた〈館四重奏〉も、これで残すは〝風〞のみとなった。どのような大団円を迎えるのか、いまから愉しみでならない。
坂口安吾・高木彬光『復員殺人事件』をはじめ、途絶した作品を別の作家が引き継いで完結させた例は、これまでにも複数ある。けれど、芦辺拓・江戸川乱歩 『乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび』(KADOKAWA 一九〇〇円+税)は、かつて雑誌「新青年」にて鳴り物入りで連載が始まるも、わずか三回で中断してしまったいわくつきの乱歩作品『悪霊』を、芦辺拓が書き継ぐのみならず、さらに完結に至らなかった理由まで描き出そうという前代未聞の作品だ。
『悪霊』本編はもちろん、当時の新聞広告なども掲載され、作品の妖しい質感だけでなく、待望の新作に沸く時代の空気までもがページから伝わってくる。土蔵の密室、未亡人が負った傷の理由、続く犯行はいかに為されたのか、そして奇妙な形の記号など、放り出されたままの謎をひとつひとつ丹念に拾い上げ、解き明かし、空白だらけの物語を埋めていく一連の流れには、優れた評論・研究に触れるような高ぶりを覚えた。
それだけでも充分に素晴らしいが、数々の謎について答えを示せぬまま未完に終わってしまった無念を創作の力で晴らしてみせようとする展開には、大いに胸を打たれた。じつに巧みで、リスペクトにあふれた試みではないか。大乱歩もデビュー百周年の節目に、このような形で『悪霊』を成仏させてもらえるとは夢にも思わなかっただろう。本格ミステリ界きっての博覧強記と、推理から幻想奇譚まで変幻自在の筆を揮うストーリーテラーの才、両方が十二分に発揮された入魂の一作だ。
■宇田川拓也(うだがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。ときわ書房本店勤務。文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。