ブリストウ&マニング『姿なき招待主』、川出正樹『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション』…紙魚の手帖vol.15(2024年2月号)書評 村上貴史[翻訳ミステリ]その2
【編集部から:この記事は東京創元社の文芸誌〈紙魚の手帖〉vol.15(2024年2月号)掲載の記事を転載したものです】
グウェン・ブリストウ&ブルース・マニングという夫婦作家の第一作『姿なき招待主』(中井京子訳 扶桑社ミステリー 一二〇〇円+税)はさらに古い一冊。一九三〇年一一月刊行である。
その夜、ニューオリンズにそびえる二十二階建てのビルのペントハウスに街の名士達が集まった。政治家、弁護士、銀行家、教授、等等。必ずしも関係が良好ではないその八人が集ったのは、電報によってここで開催されるパーティーに招かれたからだった。全員が揃ってほどなく、部屋に備え付けのラジオから招待主の声が流れてくる。曰く、彼等はこの部屋を出ることができない。そして彼等は招待主とのゲームに挑まねばならず、負ければ殺される。それも一時間に一人ずつ……。
クローズドサークルで次々に招待客が死体となっていくスリルとスピード感が、まずは印象的だ。しかも毒殺もあれば銃殺もあるなど、手口も変化に富む。ラジオなどの道具立てに時折、百年近く前の小説という古さは垣間見えるが、登場人物達の心の動きは現在の視点でも生々しいし、正体不明の招待主との攻防も刺激的だ。また、最後の最後まで犯人が攻め手を緩めない点も素晴らしい。つまりは十分に一読に値するのだ。それを明記した上で、周辺情報を少々。この作品は、小説としての刊行に先立ち、まず、一九三〇年八月にブロードウェイで舞台化され、その四年後には映画化もされたという。舞台劇の戯曲化を担当したのは、大物劇作家のオーエン・デイヴィスで、その戯曲版は『九番目の招待客』(国書刊行会)として刊行されている。内容は同一ではないので、是非両方お愉しみいただきたい。戯曲版には、舞台の図面や劇の写真も収録されている。そのうえでもう一点付記。招待状を通じて集められた人々が閉鎖環境で一人ずつ死んでいくという点で、この作品は、アガサ・クリスティが一九三九年に発表した『そして誰もいなくなった』の先駆作として言及されることがある。クリスティとの比較も、是非お試しあれ。
さて、今回は二十世紀前半に発表された作品も二冊紹介したが、当時の作品を含め、第二次世界大戦後に海外ミステリが日本でどう紹介されてきたかを綴った川出正樹『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション 戦後翻訳ミステリ叢書探訪』(東京創元社 三二〇〇円+税)にも触れておきたい。資料的価値も高いが、なにより読み物としてチャーミングだ。調べ、気付き、語ることの愉しさが伝わってくる。必携の大著だ。
■村上貴史(むらかみ・たかし)
書評家。1964年東京都生まれ。慶應義塾大学卒。文庫解説ほか、雑誌インタビューや書評などを担当。〈ミステリマガジン〉に作家インタヴュー「迷宮解体新書」を連載中。著書に『ミステリアス・ジャム・セッション 人気作家30人インタヴュー』、共著に『ミステリ・ベスト201』『日本ミステリー辞典』他。編著に『名探偵ベスト101』『刑事という生き方 警察小説アンソロジー』『葛藤する刑事たち 警察小説アンソロジー』がある。