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好調〈ワニ町〉シリーズ第8弾の解説全文公開! 大津波悦子/ジャナ・デリオン『町の悪魔を捕まえろ』(島村浩子訳、創元推理文庫)

『町の悪魔を捕まえろ』解説

大津波悦子  

装画:松島由林/装幀:藤田知子

 来ました、来ました。〈ワニ町〉シリーズ第八作『町の悪魔を捕まえろ』
 第一作の邦訳『ワニの町へ来たスパイ』が二〇一七年に出てから毎年発行されてきましたが、今年はうれしいことに二作も刊行。これで八作となりました。本国アメリカではこの十年あまりで二十八作というハイペースで刊行されています。それだけ、アメリカでも人気のあるシリーズということですよね。日本でもぜひペースをあげていただきたいものです。

 これまでのシリーズ作品をざっくりとおさらいしましょう。第一作の『ワニの町へ来たスパイ』は、完璧な偽装に包まれて南部の小さな町に隠れることになったCIAの工作員フォーチュンの登場作。フォーチュンは到着早々に保安官助手カーターと衝突し、亡くなった大おば(ということになっている)マージの家の裏庭でうっかり人骨を見つけてしまいます。そしてマージの友人だったシンフル・レディース・ソサエティ(地元の婦人会。以下、SLS)のパワフルな老女、アイダ・ベルとガーティとともに真相を追うことになります。
『ミスコン女王が殺された』ではフォーチュンが、ハリウッドから町に戻ったミスコン女王と衝突してしまい、翌日彼女が殺されたことで容疑者の筆頭にあげられてしまいます。疑惑を晴らすため、SLSの二人と手を組んで再び大活躍。
『生きるか死ぬかの町長選挙』は町長選挙に立候補したアイダ・ベルが、対立候補が殺されたことで犯人扱いされてしまいます。濡れ衣を晴らそうとするフォーチュンとアイダ・ベルとガーティの行動は、町全体を巻きこむ大騒動に発展します。
『ハートに火をつけないで』は大切な同世代の友達であるアリーの家が放火されてしまいます。フォーチュンはアイダ・ベルとガーティの手を借りて犯人探しに乗り出します。
『どこまでも食いついて』は初デートの余韻を楽しむ間もなく、お相手の保安官助手カーターが何者かに銃撃されてしまいます。フォーチュンたちの犯人探しは町を大混乱に陥れます。
『幸運には逆らうな』はスワンプ(湿地)での爆発事故をきっかけに、シンフルで覚醒剤が作られていることが判明。爆発の巻き添えで友人が負傷したアイダ・ベルたちは怒りに燃え、フォーチュンと、悪党探しに立ち上がります。
『嵐にも負けず』はハリケーン襲来に偽札騒動、それに加えて殺人も発生。さすがのフォーチュンも自然災害にはお手上げですが、破天荒すぎの老婦人ふたりの助けを借りて、フォーチュンは動き出します。
 さまざまな事件が起きる中でフォーチュンとカーターの関係は進展していきます。とても良い感じに進んできたと思ったのですが、カーターは過去の経験のせいで、フォーチュンと付き合っていくことはできないと確信、二人は別れることに……。なんとシリアスな展開になってしまったことでしょう。

 そして本作では傷心のフォーチュンが打ちのめされている中、インターネットを利用したロマンス詐欺が発生。被害にあったのは町の中年女性。犯人も町の住人とふんで、フォーチュンたち三人組は自分たちの捜査をはじめるのです。

 この町の象徴バイユーは、細くてゆっくりと流れるにごった川。バイユーはルイジアナ州ニューオーリンズを中心に、テキサス州ヒューストンからアラバマ州モービルまで広がっている。多くのバイユーには、クロウフィッシュ(ザリガニ)、エビ、貝類やキャットフィッシュ(ナマズ)、そしてワニが生息しています。第六作の『幸運には逆らうな』に出てくるザリガニパーティの主役は、スパイスをたっぷり入れてザリガニをトウモロコシとジャガイモとともにゆでたものです。今回はザリガニではなくナマズ、つまりキャットフィッシュが主役。本作の中心的犯罪はロマンス詐欺ですが、ネット上で恋愛を装ってだます成りすまし詐欺師のことをキャットフィッシュというそうです。前書きにもある通り、この言葉は、映画Catfish(2010)というドキュメンタリーで知られるようになりました。映画では、ニューヨークに住む写真家ニーヴが、雑誌用に撮影したバレエの写真を描いた絵を小包で受け取る。差出人は八歳の女の子で、彼の写真に感銘を受けて送ったのだという。二人はフェイスブックを通じて友達となり、やがて彼女の母親や姉ともフェイスブックで親しくなっていく。ミュージシャンをしているという姉に心奪われ、関係はますます発展しますが、作ってくれた歌がYouTubeにアップされている他人のものだと気づき、疑問を持った主人公たちはこの一家の本当の姿を突き止めます。土台はあるものの一家は母親が作りあげた架空の人物たちであり、フェイスブック上のプロフィール写真なども別人のものを無断使用していました。フェイスブックの複数の友達も作られたもので、架空のアカウントどころか架空のコミュニケーションまで作り、携帯電話も相手に合わせて複数台所有していました。とんだ架空コミュニケーション、架空恋愛だったわけです。こんなことが起きるのは、フェイスブックは実名登録という原則を信じている弊害かもしれませんが、登録されたプロフィールがすべて真実だという保証はないのですね。

 さて、前作から一週間も経たないころ、シャワーも浴びず、着替えもせずソファでごろごろしているフォーチュンに活を入れたのは、もちろんアイダ・ベル。カーターと別れ、将来にも確信がもてなくなっているフォーチュンのところへ、ビューラーという町の女性がキャットフィッシュされたというニュースを持ってガーティが飛び込んできます。中東に派遣されている海兵隊員を名乗った男とフェイスブックで友達になり、二万ドルをだましとられたというのです。そしてほかにも被害者が出ていることが分かり、何者かがシンフルの孤独な女性から金を巻きあげている、これぞ自分たちが捜査すべき犯罪だと、フォーチュンをたきつけます。こんな事件が発生すれば首を突っ込まずにはいられないSLSの二人は、ふさぎ込んでいるフォーチュンを元気づけようともしているようです。
 早速、三人はおとり捜査をすべくガーティがフェイスブックに新しいプロフィールをアップします。一方フォーチュンはウォルターの雑貨店で町長のシーリアと鉢合わせして、口論になってしまいますが、それをきっかけに車椅子生活の男性とその夫人と知り合います。ロマンス詐欺被害には実はシーリアも遭っていたらしいことが分かり、ガーティの手づるを使い、町長選監査中のホテルに入りこみ、シーリアのPCを確認して確証を得ます。それにしても必ず騒動を引き起こしてしまう三人。それぞれに扮装してホテルに潜入したのだけれど、逃げ出すときにホテルのメンテナンス係とひと悶着起こしてしまいます。
 そうこうしているうちに町でも評判のよい女性が自宅で何者かに殺されたというニュースが飛び込んできます。知り合ったばかりの人物が被害者と知って、町一番の善人とも称される彼女はなぜ殺されたのか、ただの強盗なのか、真相を探り始めます。ロマンス詐欺に、侵入者による殺人、そして隠された真の悪意。三人は真相を暴き出しシンフルに平穏を取り戻せるでしょうか。

 本作は、このシリーズの転回点となる作品だと思います。フォーチュンはカーターとの別れを経験し、父親との葛藤や母親への思いにも向き合っていきます。バナナプディングをはじめとする、おいしくこってりとした南部料理の数々も彼女に深く影響を与えているのでしょう。これまでの仕事とシンフルでの生活を振り返り、新たな決断を下すのです。フォーチュンは作品中盤で「可能だろうか。若いときにひとつの道を選び、自分はそれでいいのだと確信して二度と疑問を抱かないなんてことは。かつてのわたしなら、もちろん可能だと答えただろう。でもそれは非常に限られた生き方しか知らなかったからだ。本当に知っているからではなく、無知だから出せた答えだったはず。異なる生き方に触れたいま、自分がこれまでにしてきた、あるいはこれからしようとしているあらゆる選択について、わたしは疑問を抱かずにいられなくなっている気がする。」という述懐をしています。
〈ワニ町〉は、ルイジアナの田舎町シンフルに元ミスコン女王にして司書という仮面をかぶって潜伏するフォーチュンが、SLSのおばあちゃんたちにあおられてさまざまな事件をかなりの力業で解決する爽快なシリーズです。でも単にパワフルで痛快な活劇ミステリというだけでない、フォーチュンの精神的な成長も描かれていきます。とりわけ仕事を持つ女性にとっては刺さるところが満載なのではないでしょうか。
 ともあれシンフルは本当に罪深い。フォーチュンがやってくるまで静かな南部の町だったとはいうけれど、悪意はどこにでも潜んでいることの見本のような町でもあることをあらわにしています。フォーチュンが一種の起爆剤となり、過去の犯罪も含め噴き出してきたのでしょう。正義感の塊で不正を見過ごせないフォーチュンというヒロインが、この町を活性化(?)させてしまったわけです。それにしても週一ペースで死体が出現するのは、ちょっとね。亡くなった大おばの家を整理すべくひと夏を過ごしにやってきたという触れ込みのフォーチュンですが、彼女の正体を見破る人物も現れる中、徐々に町の人々との交流も増えてきました。せわしなく事件の起こるこの町で、まだまだフォーチュンの夏は続きます。冒頭でもふれたように二〇二四年現在二十八作が発表されていますから、まさにフォーチュン・サーガ。ぜひとも刊行され続けますように!

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■大津波悦子(おおつなみ・えつこ)
神奈川県横浜市生まれ。コラムニスト、書評家。大学在学中はワセダミステリクラブに所属した。編集者のかたわら、書評や文庫解説を執筆。エリス・ピーターズの「修道士カドフェル」シリーズ全巻の解説を手掛けた。翻訳家柿沼瑛子との共著に『女性探偵たちの履歴書』『本は男より楽しい』『本は男より役に立つ』がある。


本記事は2024年10月刊のジャナ・デリオン/島村浩子訳『町の悪魔を捕まえろ』(創元推理文庫)解説を全文転載したものです。(編集部)


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